松尾貴史さんは長年気になっていた横浜の店を訪れることに。店についてみると、意表をつくキャッチフレーズが書かれた看板が掲げられていたそうです。はたしてキャッチフレーズ通りのカレーなのでしょうか――。
以前に、鎌倉のバーの店主や常連客たちからおすすめに挙げられて、長い間気になっていた店だ。移動中に頃合いよく立ち寄ることができた。車で行ったのだが、周辺にはコインパーキングがいくつもあるので助かる。
店の前に立って、一種の緊張が走った。頭上の看板には、店名よりも大きく、「一部の人に理解される」と書かれている。そして、「昔人の知恵」「1000年のカリー」とも。果たして、私は「一部の人」に入れてもらえるのだろうか。
趣味性の高い店構え、店先には小さいけれど味わいのあるクラシックな車が飾られている、と思ったらナンバープレートを見ればどうも現役で使っている様子だ。
座るとすぐにお店の方から「メニューは一種類です」と宣告される。壁の貼り紙にある、「食べた人同士が必ず目を合わせるデザート『ハニートラップ』」も気になるが、今回はカレーだけをいただくことにした。
待つこと5分ほどか、キャベツのマリネ風アチャールサラダが添えられてカレーが登場した。見た目は一見地味だけれど、一口口に運んだら、文句なしに美味い。いや、一部の人どころか、「大多数の人に理解される」のではないだろうか。キャベツのサラダも、酸味と油っ気が程よく、優れた付け合わせになっている。春雨が少しと、木耳も入っていて、なぜか気持ちが浄化される。
カレーの具は潤沢なチキンで、そこに一本混じっている手羽元も旨く、骨から簡単に外れるので食べやすい。
すこぶるシンプルで、しかし複雑な味だ。いや、味は玉ねぎの甘味と野菜の溶けた酸味、スパイスとハーブの風味にチキンの持ち味だけで、調味料と呼べるものは塩しか使っていないという。
これはヤミツキになる人が多いのがわかる。見た目は油が多いような感じを受けるが、後味がさっぱりしていて、流行り廃りなく永遠に好まれる味なのではないだろうか。
不思議なカレーだ。
文・撮影:松尾貴史