農家酒屋「SakeBase」の一年 ~田んぼの開墾から酒造りを始める酒屋~
日本酒を愛した、サッカー・オシム監督の記念酒

日本酒を愛した、サッカー・オシム監督の記念酒

西千葉の酒販店「SakeBase」のメンバーは、3人とも大のサッカー少年だった。そんな彼らが子どもの頃から熱狂的に応援してきたのが、地元のプロサッカーチーム「ジェフユナイテッド市原・千葉」。昨年11月、元ジェフ監督で日本代表監督も務めた故イビチャ・オシム監督の記念試合がジェフの本拠地・フクダ電子アリーナで行なわれたが、その際、クラブからの依頼を受けてSakeBaseは「イビチャ・オシム氏追悼ラベル」の記念酒をプロデュース。今年度からは念願の、ジェフのオフィシャル・スポンサーの一社となった。

追悼試合で一日限りの限定酒を企画・販売

2022年11月20日、千葉市のJR蘇我駅から徒歩10分ほどの場所にある「フクダ電子アリーナ」には、ジェフのユニフォームを来たサポーターたちが、続々集まってきた。この日に行なわれたのは、同年5月に80歳で亡くなったイビチャ・オシム監督の追悼試合。1941年に旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)で生まれたオシム氏は、2003年にジェフ市原(当時)の監督に就任して来日、2006~2007年には日本代表監督を務めた人物だ。

SakeBaseのメンバー3人は幼少のころからサッカーを楽しんでおり、宍戸(ししど)涼太郎さんと土屋杏平(きょうへい)さんは中学時代、「千葉SC」というサッカーチームに所属し、このフクダ電子アリーナ隣接の「フクダ電子スクエア」で毎日21時半まで練習に励んでいた。高校3年時には二人してプロのセレクションに挑んだほどで、土屋さんに至っては、SakeBase発足の一ヶ月前までJ3の「ブリオベッカ浦安」に所属するセミプロ選手だった。もう一人のメンバー、石井叡(あきら)さんも大学時代まで、体育会系のサッカー部に所属。宍戸さんはフォワード、土屋さんと石井さんはディフェンダーだったと聞くと、現在のSakeBaseでの役割分担にも通じるように思えて、興味深い。

今回の記念試合でオシム監督の記念酒を提供するという話は、レジェントとも称される元ジェフ選手で、現在はCUO(クラブ・ユナイテッド・オフィサー)を務める佐藤勇人(ゆうと)さんからのオファーだった。佐藤さんとSakeBaseの宍戸さんは、かつてSakeBaseがまだ店舗を持っていない2018年、フクダ電子アリーナ近くの空き店舗で試合終了後に臨時の角打ちをやっていた頃に知り合い、イベント「ジェフサポ角打ち大宴会」では、サポーターを驚かせようとサプライズで来てもらったりなど交流がある。昨年9月に佐藤さんがSakeBaseの店舗を突然訪ね、日本酒好きだったオシム監督にちなんでの、この記念酒の話を持ちかけたのだった。

オシム監督記念酒
「信州亀齢(きれい)」の蔵に特注した、オシム監督記念酒。フィルムには「OSIM」の文字と、オシム監督の生涯を記した年号が。
佐藤勇人CUOと宍戸さん
記念酒にサインする佐藤勇人CUOと宍戸さん。サイン酒は、最初に購入した人に渡された。

佐藤さんはジェフでオシム監督時代も3年間プレーし、その後日本代表でともに世界をめざし、監督と親しい間柄だった。その佐藤さんによれば「オシム監督はフルーティーな大吟醸が好きで、お気に入りは富山のお酒だった」と。その話を聞き、宍戸さんは記念酒のイメージを、「甘さを引き立てた生原酒」に定めた。
銘柄は「信州亀齢(きれい)」を醸す長野県上田市の岡崎酒造に決定。めざす酒質に合っていた上に、蔵元の岡崎謙一さんは高校のサッカー部でインターハイ出場を果たしており、サッカーつながりもある。記念試合が酒造シーズン前の開催だったため、オリジナルの酒の醸造はできず、棚田再生プロジェクト「稲蔵の棚田」で育てた米「ひとごこち」を使った純米吟醸を、記念酒として用意してもらうことになった。

フクダ電子アリーナ
フクダ電子アリーナには、14時の開場をめざして、徐々に列ができていった。
スタジアム内のスクリーン
スタジアム内のスクリーンには、オシム監督の写真とともに「ありがとう」のメッセージが。

14時の開門をめざして、フクダ電子アリーナには徐々にお客さんが集まってくる。オシム記念試合は16時開始だが、その前にピッチではサッカー教室が行なわれ、Tシャツやペナントなどオシム監督関連のグッズやジェフ応援グッズなども発売している。カレーや丼などで腹ごしらえする人も多く、「オシムさんの故郷、ボスニア・コーヒー」の店舗も出店している。

14時5分、SakeBaseには早くも最初のお客さんが到着。たちまち20人ほどの列ができる。この日、ブースで売るのは記念酒の4合瓶2,750円と、カップへの注ぎ売り一杯700円。だが、スタジアム内での瓶の受け渡しは禁止となっており、ブースでは代金と引き換えに番号札を渡して氏名を書いてもらい、試合終了後に場外のテントで4合瓶を引き渡す仕組みだ。
このため、瓶を購入した人も、スタジアム内で飲むにはカップ売りを購入する必要があり、そちらも順調に売れていった。

宍戸さん(右)と石井さん
開門前にブースの準備を追え、「がんばるぞ!」ポースの宍戸さん(右)と石井さん。
行列
開門後、またたく間に行列ができた。
SakeBaseオリジナルカップへの注ぎ売り
記念酒は、SakeBaseオリジナルカップへの注ぎ売りでも販売。
ジェフカラーの番号札
瓶販売は、先着85名限定。ジェフカラーの番号札は、宍戸さんが夜なべして作成した。

この記念酒は岡崎酒造の氷温冷蔵庫で半年ねかせた酒で、熟成中に甘さをまとい、「フレッシュで、甘くてフルーティー」との声が聞かれた。元々の信州亀齢のファンからは、「亀齢をまさか“フクアリ”で飲めるなんて、嬉しすぎる!」という声も。
宍戸さんは「お客さんたちに喜んでいただけているようでよかったです」と笑顔。「いつものうちの店のお客さんとは明らかに層が違う部分がありますが、普段のジェフサポーターともまた違うような。オシム監督のファンが一堂に集っているのでしょう」と言う。

記念酒のフィルムの裏
記念酒のフィルムの裏には、「サッカーは絶対に1人では成立しない。君達の人生も同じだ。」というオシム監督の言葉が、宍戸さんの字で手書きされていた。
オシムゲート
フクダ電子アリーナには、この日から「オシムゲート」が新設された。
オシム監督のポスター
オシム監督のポスターに見入る人たち。このポスターは、同日、JR蘇我駅にも掲出されていた。

オシム記念試合は、16時にキックオフ。オシム監督の薫陶を受けたメンバーを集めた「オシムジャパン」と「オシムジェフ」との対戦だ。電光掲示板に掲げられたメンバーは、ジャパンチームには、田中マルクス闘利王、中村俊輔、中村憲剛、加地亮選手など、サッカーファンでなくても知るレジェンドが並ぶ。一方のジェフチームには、CUOの佐藤さんが背番号7でしっかり名前を連ねている。
小雨振る中、始まった試合は、どことなくほのぼのとした雰囲気のまま進んでいく。スタンドのカーブがなだらかで、非常に観戦しやすいように感じる。「サポーターの声が響きやすいスタンドだから、ホームチームに非常に力を与えるスタジアムなんですよ」と宍戸さん。

フクダ電子アリーナ
フクダ電子アリーナには当日、9436人の観客が集まった。(写真提供・ジェフユナイテッド株式会社)

記念試合は、3対1でジャパンチームがジェフチームに勝利した。試合終了後、SakeBaseはスタジアム外のテントで、4合瓶を場外で引き渡すという一仕事。無事に85人全員に記念酒を手渡すことができ、この特別な一日の仕事は終わった。

そして今年2023年のシーズン、SakeBaseはジェフ市原千葉のオフィシャルスポンサーとなった。正式には「アシスト・サポーター」という領域で、ジェフの試合の際にはスポンサーとして社名ロゴが掲出されるほか、観戦チケットの割り当てもある。
「サッカーという偉大なスポーツを通して、僕たちは日本酒を伝えられたら、と考えています」。宍戸さんはスポンサーになった動機をこう語る。ジェフは2009年を最後にJ1への復帰を果たせていないが、「低迷しているジェフの力になりたい。また、逆に日本酒の力でJリーグに関心を持ってもらうきっかけをつくりたい」とも。「全国各地にJクラブは存在し、全国各地に日本酒がある。日本酒とサッカーのよい関係を、今後考えていきたい」と言う。
SakeBaseの新しいシーズンが始まった。

ゲートに設けられたボード
ゲートに設けられたボードは、試合終了時には、オシム監督への感謝メッセージでいっぱいになった。
ブースに並ぶ行列
試合終了後、外の特設テントで記念酒を引き渡した。

店舗情報店舗情報

SakeBase
  • 【住所】千葉県千葉市稲毛区緑町1‐24‐2(新店舗)
  • 【電話番号】04-3356-5217
  • 【営業時間】12:00~21:00(角打ちは17:00~)
  • 【定休日】月曜
  • 【アクセス】JR総武線「西千葉駅」南口より6分

写真:山本尚明 文:里見美香(dancyu編集部)

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