農家酒屋「SakeBase」の一年 ~田んぼの開墾から酒造りを始める酒屋~
SakeBaseの酒蔵訪問、再開

SakeBaseの酒蔵訪問、再開

創業以来、西千葉の酒屋「SakeBase」は月に数回、各地の蔵元を訪問してきた。2020年のコロナ禍以降は長らく自粛、中断していたが、昨年秋以降は少しずつ訪問を再開し、蔵元との交流を深めている。

定期的に訪れる蔵の一つ、福島「廣戸川」へ

コロナ禍以前は月に3~4回行なってきたSakeBaseの酒蔵訪問。代表の宍戸(ししど)涼太郎さんはこれまで、延べ300蔵余りを訪ねてきた。店として取引のある蔵はもちろん、これから取り引きしたいと考える蔵や、その酒の味や取り組みに興味をおぼえて深く知りたいと思った蔵など、動機はいろいろだ。創業前にまず地元・千葉県の蔵元訪問から始め、次第に全国に足を延ばすように。見知らぬ若者からの申し出に警戒して門戸を閉ざされたこともあれば、1回目の訪問から胸襟を開いてくれた蔵もある。
「始めた当時はとにかく日本酒のことを知りたかったから、次々に蔵訪問を依頼していましたね。お金がないから高速に乗れず、下道(一般道)を8時間走って訪ねた蔵もあります」と宍戸さん。SakeBaseの店舗で販売するお酒は基本的に「1県1銘柄」と決めているので、店としての瓶販売には限りがある。しかし販売はできなくとも、訪問蔵で購入した酒を夕方から店で行なう角打ち(立ち飲み)で提供するとともにお客さんに情報を伝えたり、蔵訪問の様子を月一回発行の「SakeBase通信」に掲載したりしてきた。

外観
「廣戸川(ひろとがわ)」を醸す松崎酒造は、福島県の天栄村にある。創業は1892(明治25)年。
スタッフ
松崎酒造の松崎祐行(ひろゆき)さん(左)。父の淳一さんが社長として率いる蔵で、杜氏を務めている。撮影は2021年11月15日。

SakeBaseの蔵訪問は一回限りではない。気になる蔵には時期を変えて何度でも足を運ぶ。そんな中、これまで最も多く訪問してきた蔵のひとつが「廣戸川(ひろとがわ)」を醸す松崎酒造だ。福島県岩瀬郡天栄村。福島の“中通り”に位置し、県最南部。東北新幹線の新白河駅から車で30分ほどの距離である。
「最初に松崎さんと会ったのは、まだSakeBase準備段階の2018年ですね。その後、開店してもすぐには取り引きには応じてもらえず、4回目くらいの訪問でやっとお酒を扱わせてもらえることになったのです」。
松崎酒造に向けて車のハンドルを握りながら、宍戸さんは「おだやかな山なみが続くこのあたりの景色も大好きで。なにか僕の心の琴線に触れるんです」。訪問は10回目くらいになるというが、心弾んでいる様子がよくわかる。

「廣戸川」といえば、質実剛健で品のよい酒。奇をてらったところがなく、正攻法で安定感のある酒という印象がある。到着した蔵は、想像通りの落ち着いた佇まいの清潔な蔵だった。

お酒
松崎酒造を代表するお酒たち。右の3本は全国に出荷する純米系、県内流通のお酒には、左側の髭(ひげ)文字のロゴが使われる。
廣戸川
蔵内には、髭文字のロゴを使った看板も。「廣戸川」の銘柄は、近くを流れる川の通称からとった。
松崎さん
蔵内を案内してくれる松崎さん。昨年の酒造りは10月初旬から始めたが、今年は半月ほど早めたいと言う。

蔵の事務所に着くと、宍戸さんは「個人的には“にごり四天王”と考えている4銘柄があるのですが、中でも廣戸川さんのにごりには注目しています」と切り出す。宍戸さんの考える四天王は他に、天美、仙禽(せんきん)、而今(じこん)。その中でも廣戸川のにごりは、お客さんの反応に手ごたえがあるという。「本当は澄んだ酒で評価してもらいたいけれど、その過程としてのにごりと考えています」と、杜氏の松崎祐行さん。一昔前までのにごり酒は「粕臭い、甘ったるい」というイメージもあったが、近年のにごりはモダンでスマート。若い人たちにもたいへん人気がある。そのスタイルを象徴する一つが、廣戸川のにごり酒だ。

この蔵の主力商品は、特別純米。2016年に日本酒コンテスト「酒コンペティション」で純米部門第2位に輝いたことをきっかけに、廣戸川の名が全国に轟いた。この受賞が「市場に投げる球と質を見直すきっかけになった」と松崎さん。特別純米をメインに据えることに決め、全体の4割ほどが特別純米だという。アイテム数を抑えた、実直な酒造り。それによる不動の信頼感。これが松崎酒造の骨頂だといえる。
2月~4月の3ヶ月間は、夢の香(福島県の酒米)55%精米、福島県開発酵母のTM-1の特別純米をずっと仕込む。「日々同じ酒を安定的に造り続ける、それを楽しみと感じます」と言う松崎さん。「何年か前に“精一杯”だったことが、試行錯誤してスタッフと仕事を分担していくなかで、今は楽に行えるようになってきた、それも喜びです」。

一方で、この蔵は3割が普通酒で、酒造シーズン最初の10月と終了前の5月にも普通酒を造る。きれいな酒質で飲みやすく、さまざまな料理に合う「廣戸川」の普通酒。地元の根強いファンもいるが、実は首都圏の日本酒好きたちにもファンが多い。宍戸さんも「普通酒もとてもいいですよね」と個人的にも支持している。

純米大吟醸
厳寒期の2月に仕込む、純米大吟醸を手に。
掛け軸
事務所の壁には、ラベルに使っている文字の軸が掛けられている。

宍戸さんが松崎酒造に惹かれて通うのは、酒の質や松崎さんの穏やかな人柄だけではない。「毎年、行く度に蔵の設備を新しく直しているんです。頭が下がります」。それがお酒の味に表れており、毎年、酒質が上がっているという。蔵内を見学させていただくとどこもピカピカで、その言葉が腑に落ちる。昨年は麹室を直し、蔵の床を貼り直した。防塵塗装で美しい。ヤブタ式搾り機は、将来は冷蔵庫の中に入れたいと語る。タンクをサーマルタンクにし、エアシューターを撤廃したい……、松崎さんが改良したい箇所は山積みだ。

初めて出会ったとき、宍戸さん21歳、松崎さん34歳。宍戸さんはSakeBase設立の夢を語るも、まだ店舗は影も形もなかった。ハタチそこそこの若者の来訪を、どう感じたのだろうか。
「正直、ここまでの形をつくるとは最初は思っていませんでした。若さ、勢いってすごいな、と改めて感じます」。度重なる訪問を経て二人に揺るぎない信頼関係が生まれ、「これからも一緒にがんばっていける間柄」だと話す。

石井叡(あきら)さん
近隣の白河市名物の黒だるまを撮影するSakeBaseの写真担当・石井叡(あきら)さん。蔵訪問の際はたいてい同行。昨年春にデジタル一眼を購入し、撮影の腕をメキメキ上げている。
SakeBase通信
取材時の松崎酒造訪問を取り上げた「SakeBase通信」。来店者に配布している。

信頼をおく酒蔵に何度も何度も通い、情報をアップデートする酒販店。酒販店から消費者の生の声を聞き、そこから酒造りや商品アイテムのアイディアを探ったり、モチベーションを上げる蔵元。相対(あいたい)の交流からしか生まれない何かは必ずあり、SakeBaseと蔵元とのそれは、これからもずっと続いていくことだろう。

これまでお世話になってきたいくつかの酒販店との濃い交流の経験から、「蔵が(酒販店に)恩を返すには、酒の質を上げるしかない」と松崎さん。さらに「コロナ禍でいろいろ悩み考えて、事業の再構築もめざしています。将来は、蔵が人の集まる拠点となり、地元の天栄村がもっと栄えていくことになれば……」と未来を語る。SakeBase同様、松崎酒造からも目が離せない。

廣戸川
銘柄名の元となった通称・廣戸川(正式名・釈迦堂川)が穏やかに流れる天栄村。縄文時代から人が住んでいた歴史がある。
デイリーヤマザキ
蔵からほど近い場所にある「デイリーヤマザキ 天栄牧之内店」。松崎酒造の親戚筋の経営なので、「廣戸川」ファンにはこたえられない品揃えだ。

店舗情報店舗情報

SakeBase
  • 【住所】千葉県千葉市稲毛区緑町1‐24‐2(新店舗)
  • 【電話番号】04-3356-5217
  • 【営業時間】12:00~21:00(角打ちは17:00~)
  • 【定休日】月曜
  • 【アクセス】JR総武線「西千葉駅」南口より6分

写真:山本尚明 文:里見美香(dancyu編集部)