シネマとドラマのおいしい小噺
じゃがいもと、トリュフを味わえる場所へ|映画『デリシュ!』

じゃがいもと、トリュフを味わえる場所へ|映画『デリシュ!』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第26回は2022年公開の映画から。まるで西洋絵画のような美しい映像で、食文化の歴史が動く瞬間を描き出します。

18世紀のフランス革命前夜、美食は貴族など支配階級だけのものだった時代。この映画の主人公は宮廷料理人のマンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)。のちに弟子となる女性ルイーズ(イザベル・カレ)とともに、初めて“レストラン”を誕生させる物語だ。

窓からの自然光やキャンドルの明かりだけで料理をつくるシーンが、全編にわたり繰り広げられる。美しく、ダイナミックでもある。冒頭、マンスロンのたくましい腕と指が、生地をこねパイをつくる場面から画面に引き込まれてしまう。

使い込んだ木のテーブルに小麦粉を撒く。厚みのある大きな両腕が、バターと混ぜ合わせ山型にまとめていく。てっぺんにくぼみをつくり、ミルク、砂糖、卵を落とす。小麦粉の山裾からミルクが流れ出ようとするのを、素早く手のひらでせき止める。まるで、アート作品をつくる巨匠のような手技だ。

次に生地を薄く伸ばしナイフで丸く切り取り、直径3センチほどの円柱パイ型に入れる。薄くスライスしたジャガイモと黒トリュフを、重ね合わせ詰め、生地で全体を包み込む。半月型の飾りをつけ焼き上げると、指でつまめる小さなパイの出来上がりだ。表面の模様が花びらのように盛り上がり、皿に整列した姿は精霊のように可愛らしい。

ところが、このパイが貴族たちの不興を買うことになる。
「トリュフとじゃがいもは、豚に食わせておけ」

この当時、食材は空に近いところにいる鳩などが珍重され、芋やトリュフは忌み嫌われていた。「地下のものを使うとは、よき料理人にあらず」と言われ、食用となるまでに長い時間を要したのだという。そしていつも決まりきったメニューが提供され、シェフが自らの創造性を発揮する余地などこれっぽっちもなかった。

宮廷をクビになり、田舎の実家に引きこもっていたマンスロン。広い丘の上の貧しい家は、旅人たちが身体を休めるため立ち寄る旅籠でもあった。

藁ぶきの屋根が全体を覆い、厨房から繋がる煙突から煙が上がる。太陽の光を取り入れるため縦型の窓がいくつも並び、家の両端には大樹がそびえている。鳥が鳴き夜になると雪が降り積もり、朝日に照らされた樹々が自然の移ろいを描き出す。背景に森を擁し、落ち葉が屋根に降り積もり、自然に恵まれたその場所はまるでミレーの絵画のように美しい。

ルイーズの提案で軍隊や旅人に食事を提供し始めてから、ふたたび料理をつくる喜びに目覚めるマンスロン。すべてが動き出したのは、料理を一皿ずつ提供するアイデアがひらめいた時だ。前菜、メインディッシュ、チーズ、最後にはデザートを提供してみようと。そうすれば、テーブルごとに思い思いに食事を楽しめるはずだ。この思い付きが彼を奮い立たせた。

自宅の一階を開放し、二人掛け、三人掛け、長方形のテーブルを並べる。庭先にもテーブルを置き、風に吹かれながら食事を味わえるようにした。周囲の森や庭からとれたての野菜やスパイスを摘んできて、赤々と火の燃える厨房で調理する。そこからは、客たちがおしゃべりをしながら料理を楽しむ様子がよく見えるのだ。こうして自然とオーベルジュスタイルが出来上がり、あの創作パイは「デリシュ」と命名され、レストランの名物メニューに生まれ変わった。

「ただつくるんじゃない。うまい料理をつくれ。喜ばせろ」

宮廷料理人時代からの、マンスロンの口癖であった。その哲学を、レストランのシェフとなって実現したことになる。そして、料理をつくる喜びに目覚めていくルイーズ。この時代に女性の料理人が生まれていてほしい、という願いが込められているように感じる。

誰もがわけへだてなく、自分たちのペースで食事の時間を過ごす。シェフが創造性と技をつぎ込んだ料理や、まだ食べたことのない味を心ゆくまで堪能する。現代の私たちにとってこの上ない喜びをもたらしてくれるレストランが、時代の変革期に誕生したことに感謝せずにはいられない。

おいしい余談~著者より~
宮廷でマンスロンがつくっていた料理の豪華さ、美しさに目を奪われます。けれど公爵が本当に好きだったのは、彼の特製マヨネーズ。その味を懐かしみながら、ひとり寂しく厨房で食事をする姿が、革命前夜の空気と相まって憐れで、もの哀しく映ります。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。