お目当てのカレーを食べるために恵比寿の雑居ビルに突入(?)した松尾貴史さん。たどり着いたその店で味わった期待値を越えたネパールカレーとは――。
12時開店と聞いていたので、余裕を持って渋谷の仕事場からちんたら歩き、開店時間5分前に到着した。
ビルの入り口、お店の立て看板のあたりでひとり先客があるので後ろで待っていると、ビルの隣のブティックの人が「後ろの方も、うちのお客さん?」と。先客と思ったのはブティックのお客さんだった模様、私は廊下の奥のエレベーターに乗るのだった。
乗ったのはいいが、階数の確認を忘れていた。6階のボタンを押した宅配便の配達員が「どちらへ」と聞くので「カレー屋さんです」「じゃ5階ですね」と教えてくれて助かった。一人なら全階押すところだった。
エレベーターのドアが開くと直接店内で、すでに食べている人たちの姿が。早めに開けておられるのかな、待たずに済んでこれまた助かった。ジャズミュージシャンのような、バイク屋さんのオーナーのような、「雰囲気」のあるご主人が一人で切り盛りされている。
「カレーですか?」「お願いします」
シンプルなやり取りで、カウンター内の彼はテキパキと動き始める。調理の合間に、ミキサーが音を立てている。ペースト状のチャトニー的アチャールを新鮮な状態で調整しているのだろうか。
はたして、カウンター上に登場したカレーは素朴な中にもアイテムがしっかりと揃っていて、とりわけ鶏肉とじゃがいものほっくり感の主張が強い。
ダルスープをスプーンで一口啜ってみる。お、味わいが想像していたよりもしっかりしていて、ソルティなモードだ。ライスにかけるのが楽しみになる。
ダルに合わせてチキンカレーを混ぜて食べてみた。カレー自体が驚くほど美味い。思わず刮目した。ネパールカレーの店で「はずれ」に当たったことがないけれども、この大当たり感は半端ではなかった。
チャトニの酸味も少し強めで私好み、野菜のアチャールもほどが良く、神経が研ぎ澄まされるような美味さだ。
カレーのグレイビーを残さずいただこうと、ライスの山を丸い皿の縁に沿って反時計回りに移動させつつ絡めていくのも楽しくなった。
「ものすごく美味かったです」
他の言葉を思いつかず、それだけを申し上げる。
「ネパールにお住まいだったのですか?」
と伺うと、しばし躊躇されてから「はい」とおっしゃった。少しばかり訛っておられる雰囲気はあったが、ネパールの方だったのだ。いや、失礼しました。
「子供の頃から食べていた、うちの家庭の味です」
そうなのですね、いや参りました。
この味で育ったご主人は幸せだろうなあ、とひとりごちてビルから出たのだった。
文・撮影:松尾貴史