シネマとドラマのおいしい小噺
このおうどん、いつまでも食べれそう|ドラマ『舞妓さんちのまかないさん』

このおうどん、いつまでも食べれそう|ドラマ『舞妓さんちのまかないさん』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載、第25回。京都・祇園を舞台に、相手を想ってつくる料理のあたたかさが、じんわり心に沁み渡るドラマです。

16歳のキヨ(森七菜)は、祇園花街の屋形(舞妓たちが生活する家)でまかないとして働く。舞妓見習いのすみれ(出口夏希)とは幼なじみ。青森からやってきた二人は、支え合って暮らしている。

キヨの願いは、舞妓さんたちがおいしくごはんを食べ、元気でいてくれること。そしてその料理は、必ずしも古都・京都の伝統的な和食である必要はない。なぜなら屋形で共同生活をする舞妓たちは、全国津々浦々から集まってきた少女たちだから。

キヨは生まれ育った青森で、祖母から料理の手ほどきを受けてきた。舞妓としては落第してしまった彼女であったが、ふるさとで培われた味覚や、料理で人を喜ばせたいという純粋な気持ちが人一倍強い。そんな彼女が、料理を通し皆に愛される存在となっていくのが、このドラマの見どころだ。

ある朝早く、舞妓のつる駒(福地桃子)が、キヨが立ち働く台所に現れる。眠れない悩みでもあったのだろうか、早く目覚めてしまった彼女は、唐突にパンが食べたいと言う。キヨは考えを巡らせ、一枚だけ残っていた食パンを取り出した。

食パンを賽の目に切り、卵を溶いた丼にパンを浸す。卵液をしみ込ませるため、何度も上下をひっくり返しなじませる。フライパンで砂糖を焦がしてカラメルソースをつくると、台所いっぱいに香りが立ち込めてきた。早朝の静かな台所で二人は共犯者のように、窓を開け甘い香りをそっと逃がす。

限られた食材から機転を利かせてキヨがつくっているのは、パンプディング。つる駒はプリンが大好物なのだ。舞妓は、髷を結った姿でコンビニに入ることなど許されない。普通の若者のように、気軽にプリンを買いに行くこともままならないのだ。制約の多い暮らしの中で、好物を味わってほしいというキヨの想いがこもったメニューである。

卵液に漬けたパンをオーブンレンジに入れ、カウントダウンして焼けるのを待つ。両手に鍋掴みをつけたキヨが、嬉しそうに耐熱皿を取り出し、そのまま後ろ頭で扉を閉めるのが可愛らしい。

パンの表面に焼き色がつき、ふわふわの卵液の中に並ぶ。その上から、先ほどのカラメルソースをジグザグにかけると、卵の甘い香りとカラメルの香ばしさが、部屋のすみずみを濃厚に満たす。

「はい、おあがりやす」
「いただきます」
「ん、ヤバい!このパン、プリンの味する」
メガネの奥の瞳をキラキラ目光らせて、つる駒はすっかりご機嫌だ。それを笑顔で見つめるキヨ。

またあるとき、親友のすみれが体調を崩してしまう。おかゆをつくろうとしたキヨは、女将(常盤貴子)からこう聞かされる。
「京都は、しんどいときはうどん」
「京都のうどんはな、関東のとちごて、黒うないで」

キヨはすみれの回復を願い、青森とは違う“黒くない”うどんをつくろうと決心する。この土地のおいしい料理をつくってあげたい、そうひたすら願うキヨの純粋さを、観ている方も応援したくなってしまう。

いざ市場に買い出しに出かけ、「おあげさん」「鰹節」をまず手に入れたキヨ。次に探し当てた昆布屋さんでは、正面切って言ってみた。
「京都の、おいしいおうどんをつくれる昆布をください」

店主のおばあちゃんはキヨの心意気を褒め、最高級の羅臼昆布を薦める。未熟な若者だからと斟酌しないのが清々しい。望むなら、最高級の食材がすぐそこにあるのも京都なのだろう。

丁寧に出汁をとった澄み切った色のおうどん。たっぷりの青ねぎとおあげさんをうどんの上にのせ、バランスよく箸で整える。真ん中におろししょうがを盛って、すみれのための「京都のおうどん」が完成だ。

「ん―、このおうどんいつまでも食べれそう」
こたつですみれがうどんをすする。食べる速度に勢いがつく。木のさじで出汁を身体に沁み込ませる。すみれにとって、京都のうどんを食べた記念日になった。

そして、すみれは舞妓デビューを果たす。行事を終え屋形に帰ってきた台所のシーンに心を打たれる。
「おかえり」と、キヨ。
「ただいま」と、すみれ。
差し出したのは、食パンラスク。すみれのためにつくったひと口サンドイッチ、その余った食パンの耳を揚げたものだ。いつのまにか、京都の「しまつ」(=食べ物を最後まで使い切る)がしっかり身についている。カリンコリンと一緒に食べるキヨの表情は、もう、おどおどした娘ではない。「まかないさん」として生きていく決意がそうさせたのだろう、実に神々しく輝いている。

おいしい余談~著者より~
キヨを演じる森七菜の演技力に舌を巻きます。愛らしいだけでなく、醸し出される芯の通った意志の強さ。左利きで包丁を持つ姿も堂に入っていて、この先キヨたちがどんな大人になっていくのか、ずっと見守りたくなります。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。