大阪呑める食堂
母と息子が守り続ける、昭和の味わい「マルミヤ食堂」

母と息子が守り続ける、昭和の味わい「マルミヤ食堂」

東に四天王寺を臨み、西の坂下には通天閣。大通りに面したビルの狭間にポツンと佇む食堂で、心のこもったおかずを味わい、好みの酒を呑む。酔うほどに、気分はすっかり昭和へタイムトラベル。

「昔ながらの空気と、変わらない味。日常でいてくれて感謝です」

外観
黒電話

その佇まいが昭和、である。「マルミヤ食堂」と書かれた古びた建物。店先に置かれたガラス張りの陳列台には、ロウ製の色褪せた食品サンプルが並ぶ。扉を開けるとそこには、デコラ板のテーブル席。壁に掛かるダイヤル式黒電話は、今も現役らしい。目に飛び込むものすべてが、映画のセットのよう。

戦国時代、大坂冬の陣では徳川家康が、夏の陣では真田幸村が本陣を構えた、茶臼山の近くにある食堂。「店の前に路面電車が走っていた戦後すぐに、祖母が創業しました」とは4代目・谷 英晃さん。約2年前まで「バリバリの公務員」だった谷さんが一念発起し、家業を継いだ理由は一つ。「親父が急逝し、母が切り盛りしてきた食堂を、途絶えさせたくはなかったんです」。

品書き

壁際にビッシリ連なる短冊メニュー、その流麗な文字に驚いていると、谷さんのお母様・3代目の八重子さんは嬉しそうに話してくれた。「藤山寛美さんが出演していた劇場の看板絵師が、近所に住んでいて。その人が描く字体を、真似し続けたんです」と。

八重子さん

「見ての通り、メニューは和洋中、浅く広くですよ」と谷さんは謙遜するが、定食、丼、麺、単品にいたるまで約40種。この品書きをアテに、まずはのビールを呑む左党も少なくはないだろう。

エンジニア
エンジニア食事

「今日は、他人丼にします」と、入口すぐのテーブル席に座る若い男性。聞けば毎日、この食堂にやってくるらしい。「通い続けて1年半になります。最初、店に入るときめっちゃ緊張したけれど、昔っぽい空気感が落ち着くんです。なにしろ旨いし」。
システムエンジニアという仕事柄、生活は不規則。「僕、一人暮らしなんで、朝昼晩で唯一、ちゃんとご飯を食べられる場所。この食堂が日常にいてくれて感謝です」と、幸せそうに他人丼を頬張っている。
「私もほぼ毎日ですよ」と隣席で呟くのは、近くの高校で働く教師。「今日は先生の好物ありますよ」「カキフライですね。ほなそれと、お造り定食と、ぶたじるも」と、料理はそれぞれ2人前、ご飯2杯目も完食する健啖家!「小鉢は日替わりで、毎日何なのか楽しみでね。栄養のバランスもいいから、安心して食べています。じつは休日の昼酒もオススメで、トリスのハイボールが美味しい」と先生はニヤリ。

ハイボール

谷さんによれば、「僕が酒好きなんで(笑)。近所のバー『ゴールウェイ』のマスターに教えてもらい、ロックアイスも自家製です」とのこと。自慢のハイボールは、マスターから贈られたマドラーでステアして作り上げるという。ビールの品揃えだって、左党の心をぎゅうっと掴む。「競争させて生き残った人気の5種類」の瓶が、冷蔵ケースで出番を待つ。

半田さん

「ここは昼しかやってないから、私はもっぱら休日の昼呑みにおじゃましています」と話すのは、近所に住む半田さん。小さな黒板メニューに書かれた「さば」の文字をみるなり「焼きさば、定食で」。

「はい、おまちどぉさん」と八重子さんがゆっくりとした足取りで、御膳を持ってきた。半田さんは手酌酒を楽しみながら、香ばしく焼きあがった、分厚い焼き鯖をつまんでいる。
「この食堂は、息子さんやお母さんと、ちょっと会話できるし、アットホームなところがいいんです」と言いながら、ビールをお代わりしていた。

太刀魚

平日だというのに、14時を過ぎてもお客はひっきりなし。あっちにの客には、見るからに鮮度の良い「太刀魚煮付け」が運ばれ、こっちの客からは「ニラモヤシ炒めお願いします」、「はいよ、ニンニクはあり?なし?」「ありで」。それら定食には、日替わりのおかず3種、漬物と佃煮、味噌汁と白ご飯が付いてくる。いずれも単品の注文ができるから、気兼ねなく呑むこともできる。

調理がひと段落した谷さんに、尋ねてみた。家業を継ぎ変えたことは?「ないですね。むしろ“追加”していく感じですかね。酒の種類はもちろん、揚げ物や、きずしといった手間がかかるから家ではあまり作らない惣菜など。そして、毎日でも食べられるような味づくりを心がけています」。

いっぽうで、変えない味があるという。「ウチの店に伝わる、“だしとタレ”ですね」。毎朝、羅臼昆布と鰹節からひく、うどんだし。一方で、醤油や酢、みりんや玉ネギ、ニンニクなどを長時間かけて煮込む、すっきりとした旨みの万能タレは「マルミヤ食堂」の炒め物に欠かせない。

ニラもやし
御膳

食事を終えた常連客たちは、八重子さんを気遣い「ごっつぉーさん」「美味しかったわ」と言いながら、厨房脇の作業台に、御膳を返しに行く。
古き良き時代を思うのは、空間だけにあらず。人と人が協力し合う、助け合い精神もひっくるめて、「マルミヤ食堂」には、懐かしの昭和が存在していた。

顔写真

店舗情報店舗情報

マルミヤ食堂
  • 【住所】大阪市天王寺区逢阪1‐1‐13
  • 【電話番号】06‐6771‐4444
  • 【営業時間】11:00~15:30
  • 【定休日】日曜、不定休
  • 【アクセス】大阪メトロ「四天王寺夕陽ヶ丘駅」より徒歩7分

文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾

船井 香緒里

船井 香緒里 (フードライター)

福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。料理専門誌やカルチャー誌、ウェブなどの編集・執筆を行う。食の取り寄せサイトや飲食店舗などのキュレーションを手がけるなど、食を軸としながら縦横無尽に展開。暴飲暴食を日課とし、ジョギングとロードバイクにて健康維持。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。