大阪呑める食堂
馴染みのある味、昭和価格「田舎家食堂」

馴染みのある味、昭和価格「田舎家食堂」

酒場天国・天満の外れにある「田舎家食堂」。「家で作らへんようになった料理ばっかりや」という主人が生み出す味と、接客担当のお母さんの優しさ。懐に優しい価格設定……と、通いたくなる理由がこの店には多い。

「食堂は“絆”やと思ってる」

外観

立呑みやエッジ立つ店が群雄割拠する天満の外れに、ひっそりと、その店はある。昭和23年創業、神馬 茂さん・道枝さん夫婦が営む「田舎家食堂」だ。

壁にびっしり並ぶ品書きに、初めて訪れた誰もが目を見張るだろう。豚汁100円、中華そば280円、一番高いすき焼きが550円なのだから。「最近少しだけ値上げしてんけどな」と話す神馬さんが、調理を一手にこなし、笑顔がかわいい道枝さんがフロアを行き来する。

ご機嫌な男性
イワシ

「はい、お待たせしました煮付けね」と、軽く温め直したイワシ煮を、お客の前に差し出す道枝さん。男性客は、一瞬にして無邪気な少年のような眼差しに。「このピンピンッのイワシが大好物やねん。骨まで食べられるしな」。聞けば、週1ペースでこの食堂にやってきて、軽く夕食を済ませて家路につくという。「家内が“19時半まで帰ってこないで”て言うからなぁ。亭主元気で留守がえぇんやろ」と、苦笑しながら手酌酒。
「まずはイワシ煮と、野菜炊いたんや。〆はいつも鍋焼きうどん。めちゃ安くて絶品やで」。その鍋焼きうどんは、鰹と昆布からひいた出汁をベースに、具は豚や鶏、たっぷりの野菜やワカメ、半熟卵も入り、腹パン必至で400円という値打ち。ご主人の神馬さんは「ほぼ原価やわ」と言って笑う。
「ほな、いただきます。まずは七味を振って。2、3口食べたら、卵をほぐして、まろやかになったところを一気に啜るんや。はぁ~っほんま旨いわぁ」と目を細めながら、男性客はぽつりと呟いた。「家族でやってる食堂は、お客が来んと続かへん。僕の居場所やさかい、これからも通い続けますわ」。

うどん
小鍋の熱燗

「そやねん、こういう食堂は“絆”で成り立ってんねん」。
隣のテーブルで、アルミの片手鍋で供される熱燗を、ツィーッと飲りながら語るのは、週2のペースで通うご近所の男性。「必ずこの2品は食べるわ」と、ショーケースから選んだマグロの造りと、だし巻きをアテにいつもの晩酌を楽しんでいる。「鍋の酒は、コップ2杯はある。せやからワシはいつも4杯までと決めてんねん」。神馬さんによれば、賀茂鶴を片手鍋で出すのは「親父の代から、そうやったから」らしい。
マグロの造りを食べ終えたお客は、いつも魚のフライで〆るという。「造り醤油が残るやろ。これをアジのフライにかけて、ガブっとな。これが始末の心っちゅうもんや。ほな、ごっつぉーさん」。

アジフライのおじさん
アジフライに醤油

食堂は、昔も今も、ずっと変わらず人々の交流の場。肩書きやイメージを全て脱ぎ捨て、気取らず呑めるのも食堂ならでは。スーツ姿の上司と部下とおもわしき3人は「仕事は横に置いて……。呑みの時間が大切なんですよ。ここは惣菜もカレーも中華も何でもあるし、安くて旨い」と、ビール片手に皆、ご機嫌さん。「熱いから気をつけてくださいね」と道枝さんが運んできたのは、最高値!のすき焼き。土鍋を覆いつくす具は、国産牛こま切れ、豆腐やこんにゃく、たっぷりのネギとモヤシ……と驚きのボリューム。「ホッとする味ですね」、「呑みながらやと、シェアするのにちょうどえぇ量やわ」と、ハフハフ言いながら味わっていた。

すき焼き

その隣席では、マッチョな男性が、油揚げと青ネギを卵とじにした「きつね丼」をかっ込んでいる。「お揚げさんに、ほんのり甘めのだしが染んでマジ旨いっす」と頬張りながら、「半熟卵を絡めるタイミングは、お客に委ねられている。これが好きでね」と、半分食べ進んだところで黄身を崩壊、ニヤリと嬉しそうだ。「近所のバーに飲みに行く前の腹ごしらえはいつもここ。きつね丼は、飲んだ後にも食べたい味です」と、レモンサワーを片手にご満悦のようだった。

きつね丼
マッチョな男性
ショーケース

「給料払わんでえぇからこの値段でできるんや」。そう話す神馬さんは、毎朝の仕入れは近所の天満市場で。店に戻り、ラーメン用の出汁、そしてカツオと昆布から出汁を引き、通し営業の中、焼き物・揚げ物・煮物……と惣菜を作り続ける。「いつまで続くかわからへんけど、お客さんの顔見たら疲れも吹っ飛ぶちゅうものや」。
人と人との絆が、食堂を支えている。

神馬夫婦

店舗情報店舗情報

田舎家食堂
  • 【住所】大阪市北区天神橋4‐7‐12
  • 【電話番号】06‐6351‐5739
  • 【営業時間】10:00~21:00(土曜~20:00)
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】大阪メトロ堺筋線「扇町駅」より2分

文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾

船井 香緒里

船井 香緒里 (フードライター)

福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。料理専門誌やカルチャー誌、ウェブなどの編集・執筆を行う。食の取り寄せサイトや飲食店舗などのキュレーションを手がけるなど、食を軸としながら縦横無尽に展開。暴飲暴食を日課とし、ジョギングとロードバイクにて健康維持。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。