世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
豆腐にまみれる中国道中|世界の豆腐料理②

豆腐にまみれる中国道中|世界の豆腐料理②

石田ゆうすけさんは世界一周旅行で中国に訪れた際に、麻辣豆腐を初めて食べ、その旨さに感動して、しばらくは豆腐料理にのめり込んでいました。しかし、そろそろ違うものを……と考えていた時に出会ったとある料理とは――。

中華とビールの相性のよさに感動

中国に入って初めて食べた現地の中華料理が麻辣豆腐(麻婆豆腐じゃない)で、そのあまりの旨さに涙まで流した、ということを前回書いた。
で、翌日、国境の町を出て荒野に自転車をこぎ出すと、まったく驚いてしまった。10kmおきぐらいに食堂の密集地帯が現れるのだ。それまで約8ヶ月旅してきた中東や中央アジアなどイスラムの国々は飲酒がタブーだったせいか外食産業に活気がなく、とくに田舎だと店の数自体が少なかったため、食べ物にありつくのが大変だった。中国はまさにそれらの国々の対極にあり、食べることが大好きな僕の目にはどの国よりも輝いて見えたのだ。

携行食の量をシビアに考える必要がなくなったことも嬉しかった。腹が減ってもヒヤヒヤしなくていい。30分も走れば食堂が現れるのだ。しかも安くて涙が出るくらい旨い。走りながら次は何を食べようかということばかり考え、ひとりでにやにや笑っていた。

伊寧という大きな町に着き、適当に見つけたホテルに飛び込んだ。涼しげな顔の女性がフロントにいて、こっちの気持ちをほぐすような笑みを浮かべている。彼女は英語を話せないらしく、ちょっと待ってて、というように手のひらを僕に向けて奥に消え、しばらくして英語を話す男を連れてきた。彼の応対も安宿とは思えないほど恭しく、さらには僕の自転車を従業員室で保管してあげるという。いささか呆気にとられながら僕は彼の顔を見ていた。なんだよ中国、最高じゃないか。旅人たちから悪い噂ばかり聞いてきたけど、実際来て自分の目で見たら全然違うじゃないか。
お言葉に甘えて彼に自転車を預け、自分の部屋に荷物を置いてシャワーを浴びると、軽い足取りで街に繰り出した。

夕映えの中、屋台や食堂がひしめき、あちこちから何かを炒める匂いが漂ってくる。
一軒の店に入り、昨日と同じく「麻辣豆腐」とビールを頼んだ。もともと豆腐が好きなうえに、これまで食べられなかったこともあって、豆腐熱がいや増している。

さほど待つことなく麻辣豆腐が登場、熱々をハフハフ言いながら口に入れる。ああ旨いなあ。思わずため息が出る。豆腐そのものが旨いから、やっぱり豆腐を味わうなら麻婆よりこっちだなと思う。

それにしても中華とビールの相性のよさよ。現地のビールだから現地の料理に合うようにつくられているんだな、これが文化だな、といやに腑に落ちる。そうか、ずっとイスラム圏にいたからこんなに感動しているんだ。イスラム圏も場所によってはお酒があったけど、人々に飲酒の習慣がないから、料理とお酒の磨き抜かれた関係は生まれにくいし、人が飲んでいない場所では僕もその気になれず、ほとんど飲んでいなかった。何も気にせずにお酒が飲めるなんてこんなありがたいことはない、なんて楽しいんだ、これ以上の幸福ってあるだろうか。久しぶりの酒にすぐに酔った僕はそんなことを次々に思い、体が熱くなっていた。

麻辣豆腐とご飯を平らげてもまだ小腹が空いていた。この快楽をもう少し味わっていたい。料理を追加しようとメニューを手に取った。漢字がびっしり並んでいる。昨日も今日も麻辣豆腐を食べたし、さすがに豆腐はもういいかな。
「一青二白」という字が目に留まった。
漢字から料理をあれこれ想像するのもまた楽しいものだ。
「青」は青梗菜で、「白」はイカかな。「二白」というぐらいだからイカがたっぷり入っているのかもしれない。そりゃいいや。
「一青二白」を頼む。

間もなく目の前に現れた料理を見て、固まった。
「一青」……ネギ。
「二白」……大量の豆腐。
しばらくそれを眺めながらビールを飲んだ。そのうちどうしようもなくおかしくなって肩が震えだした。従業員たちが変な顔でこっちを見ているが、もう止まらない。ビールの酔いも手伝って僕はひとり笑いながら涙を浮かべ、やっぱり「幸せだなあ」としみじみ感じていたのだった。

文:石田ゆうすけ 写真:よねくらりょう

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。