シネマとドラマのおいしい小噺
甘い酸っぱい辛いしょっぱい。全部いけます|ドラマ『作りたい女と食べたい女』

甘い酸っぱい辛いしょっぱい。全部いけます|ドラマ『作りたい女と食べたい女』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第22回は昨年末に放送されたばかりの深夜ドラマから。こんがり香ばしい焼き色と、穏やかな二人の関係に、ホロっと心がほぐれます。

原作は『つくたべ』として人気のコミック。料理をつくるのが大好きな野本さん(比嘉愛未)と、食べっぷりの豪快な春日さん(西野恵未)。同じマンション住まいの二人が、食べ物を通して距離を縮めていく物語だ。

野本さんがつくるのは、大盛りの大皿料理。それを春日さんは、スプーンをもくもくと口に運ぶ。まるで口の中に食べ物が吸い込まれていくよう。食べている時はことさら無口になるので、余計に真剣味がにじみ出る。そして野本さんに食べ物の好みを聴かれた春日さんは、力強くこう言い切った。

「甘い酸っぱい辛いしょっぱい、全部いけます。嫌いなものは、ないです」


そんな二人が心を通わせるきっかけになったのが、味噌味の焼きおにぎり。野本さんが体調を崩し、いつもは「食べたい」側の春日さんがつくることに。味つけが醤油ではなく味噌なのは、野本さんからのリクエスト。彼女の故郷、東北の味である。

春日さんは炊飯器持参でお見舞いにやってきた。大柄な春日さんは手のひらも大きくて、ビッグサイズのおにぎりは厚みが3センチほどある。フライパンに並べると、五個のおにぎりは大きな円になってきっちり収まった。スプーンで表面に生味噌を塗りつけると、三角形のワッペンを張り付けたような可愛らしい姿に。やがてご飯が焼けてきて、味噌も温められ香ばしい匂いがたちこめる。フライパンの上からのぞき込み、その香りを楽しむ二人。

いつもはつくる側の野本さんが、春日さんがつくったおにぎりを両手でそっと支えて食べる。一方、味噌味の焼きおにぎりを初めて食べる春日さん。誰かの懐かしい思い出の味が、出会った人と新しい関係を結んでいく、素敵なシーンだ。

ある日は餃子デー。おうち餃子は、たくさんつくってたくさん焼きたいメニューの代表格。野本さんが綿棒で皮を丸く伸ばし重ねていると、それを見た春日さんは、皮からつくる餃子に一気に期待が高まる。そして二人は差し向かいに座り、餃子をひたすら包んでいく。丁寧で形が揃っている野本さんの餃子と、大きくボリューム感のある春日さんの餃子。包み方がつくり手の個性を映し出すのも、おうち餃子ならではの楽しさだ。

のばす、混ぜる、包む、次はいよいよ焼きの工程。ホットプレートに隙間なく並べていくと、二重の輪になり整列する餃子たち。お湯を回しかけ蓋をすると、湯気があがって二人の作品が混ざり合う。命が吹き込まれたように、餃子がじじじと声を発する。

ひっくり返すと焼き目が並び、側面の皮は蒸気と油でつやつや光っている。いよいよビールが登場し、ホットプレートから発する熱と金属カップに入った冷たいビールが、部屋の中で絶妙なバランスで溶け合う。最高の瞬間だ。

春日さんは、餃子を一口でそのまま口に入れる。スルスルっと餃子が入り、続いてたっぷりの白いご飯がその口を満たす。いつもはたんたんとしている春日さんに、笑顔がこぼれる。たくさん食べる人を見るのが好きな野本さんも、喜びを隠しきれない……。

二人は一緒に買い物に出かけ、手に入れた食材をおいしく調理する。実家から送られたふるさとの味を、大切に分け合って食べる。相手の好きな食べ物をメニューに取り入れようとアレンジする。食べ物にまつわるささやかな工夫やチャレンジが積み重なり、新しい習慣になる。一人では食べきれないけれど、二人で食べると楽しくなるメニューのバリエーションが、ますます増えていく。そんな野本さんと春日さんの暮らしが、ずっと続いてほしいと思ってしまう。

おいしい余談~著者より~
ルーロー飯、オムライス、プリンにおでん。いくつものおうちメニューが登場しますが、なかでも野本さん直伝、おでんの出汁を日本酒に加えた「出汁割り酒」にそそられます。お酒が得意ではない春日さんにも「おいしい」と言わせたその味を、おでんの締めくくりに味わってみたいものです。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。