dancyu本誌から
「レストラン早川」のイタリアンとハンバーグ|編集部員の校了めし⑤

「レストラン早川」のイタリアンとハンバーグ|編集部員の校了めし⑤

dancyu1月号「いま、東京で行きたいのはこんな店です。」特集に掲載した“編集部員の校了めし”。誌面では、長時間の作業に追われる雑誌づくりの校了期間中に、どうしても食べたくなるご飯を6人の編集部員が紹介しました。dancyuWEBでは、それぞれのお店について詳しくご紹介します!

“ふつうの美味しさ”のありがたさを知る洋食店

東銀座、三原橋交差点近くにムルギーランチで有名なインド料理店「ナイルレストラン」がある。ランチタイムには行列ができることもあるこの人気店の隣に、ひっそりと佇む小さな洋食店。通りかかる度に気になっていて、ふと入ってみたのが10年ほど前だったろうか。
小体なカウンターとテーブル、黒電話、テレビ、やわらかな午後の光、静かに丁寧に料理をつくり客席に運ぶ家族のおだやかな雰囲気。初めてなのに、昔から通っているような安心感に満ち溢れていた。コロッケ、魚フライ、アジフライ、メンチカツ、ハンバーグ、ハムエッグ 、カレーライス、オムライス、ヤキメシ、ナポリタン……無愛想なくらいシンプルな書体で記されたメニューは、しかしどれもじわじわと魅力的だ。迷った挙句に頼んだのはハンバーグ単品、ナポリタン、ポテトサラダ、味噌汁。
(ハンバーグなどの定食にはライスと味噌汁がつくのだが、僕は他の洋食店でも料理を単品で頼んでライスの代わりにオムライスやナポリタンを頼むことが多い)

運ばれて来たハンバーグは、実に端正なバランスの佇まい。こぢんまりと盛られたキャベツのせん切り、ちょこんと添えられたかいわれ大根、目玉焼きに隠れるように存在するポテサラとケチャップ炒めスパゲッティの量や配置も適切。そして肝心のハンバーグは適度な肉の食感が感じられるが、強い自己主張はなく丁寧な味わいのデミグラスソースに包まれておだやかに旨味を広げる。ナポリタンもハムやピーマンや玉ねぎのシンプルな具で、ケチャップの酸味や甘味がうまく緩和されたバランスのよい味わい。どちらも奇を衒うことが一切なく、丁寧な地味さが美味しい。
そして、2回目に訪れたときには、ハンバーグと実は最初から気になっていた「イタリアン」を頼んでみた。出てきたのは、白い炒めスパゲッティ(具なし)の上に、ハムが入った薄い卵焼きがのり、デミグラスソースがかかった、他では見かけない一皿。卵焼きを崩しながらパスタと食べると、パスタの塩気と卵焼きの控えめな旨味がデミグラスソースで一体化する。これだけでもいいのだが、しかし、ハンバーグと合わせて食べると、おお、これぞハンバーグに合わせるライスがわりに最適な一品! 以来、他のメニューも気になりつつ、ハンバーグとイタリアンが僕的な定番の組み合わせになっている。

特に、校了の忙しい時期になると、無性にこれが食べたくなる。それは、このゆっくりと時が流れる空間で、何の変哲もないけれど(イタリアンはちょっと変わったメニューだけど)、家族の丁寧な料理を味わうことで、慌ただしい時間の中に安らぎを見出そうとしているのかもしれない。いつ行っても、雰囲気も味わいも何も変わらない。90年近く営んでいる間、いつの時代もきっとゆっくり時が流れていたのだろう。そして、華やかな料理や鋭角的な美味しさが注目されやすいなか、日常にある“ふつうの美味しさ”のありがたさに改めて気付くのだ、この小さな店で。

ハンバーグとイタリアン
ハンバーグ単品900円とイタリアン800円が定番。奇を衒うことや強い自己主張がないおだやかな佇まいと味わいは明日も食べたくなるし、きっと10年後も食べているだろうな、と思う普遍的な“ふつうの美味しさ”。
ナポリタン
適度な炒め具合でケチャップの強い味をうまい具合に緩和し、バランスのよい味わいに仕上げているナポリタン800円。
オムライス
しっかり焼いた卵焼きでチキンライスを包んだ、これぞ定番かつ普遍的な味わい。オムライス800円。
家族
1936年開店。2代目店主の早川恒也さんと女将の美佳子さん、そして3代目の智之さん(この日は不在)で店を賄う。ちなみに、イタリアンがいつ頃、どうして生まれたのかは不明だとか。

店舗情報店舗情報

レストラン早川
  • 【住所】東京都中央区銀座4‐10‐7
  • 【電話番号】03‐3541‐7664
  • 【営業時間】11:30~14:30(L.O.)/18:00~19:30(L.O.)
  • 【定休日】土曜 日曜 祝日
  • 【アクセス】東京メトロ・都営浅草線「東銀座駅」より1分

撮影:土居麻紀子 文:植野広生