大阪呑める食堂
働く男たちのための"和洋食"「野上屋食堂」

働く男たちのための"和洋食"「野上屋食堂」

新世界や西成区にもほど近い食堂は、界隈で働く労働者たちを支え続けてきた。やや味が濃い目の惣菜や、トンカツなど和洋の料理をアテに、家族の温もりを感じながら、静かに呑む至福を。

「この町にこの食堂がなかったら、行くとこあらへん」

ショーケース
人入り店内

「昔から、ここらは労働者の町。せやから男のひとり客ばかりやし、朝から呑む方も多いですわ」。清潔感のあるフロアを忙しげに行き来しながら「野上屋食堂」の女将・市原秀美さんはそう話す。

新今宮駅から歩いてすぐ。通天閣が聳える新世界の、目と鼻の先で昭和28年に創業。「先代である父は、和歌山で水害に遭うてね。田舎から出てきてゼロからのスタートやったそうです」。当時から「和洋食」を掲げるのは「父はほんまに器用な人やった。お客から“旨い洋食屋があるねん”、“粕汁ならコレ入れたらえぇんちゃうか”など、口伝えで教わった料理を独学で作るうちに、和食も洋食も出すようになったんです」。

品書き

塩分や油分が不足しがちな労働者には、トンカツやハンバーグなど食べ応えのある洋食が好まれ(そのほとんどが今は500円前後)、ショーケースの中に並ぶ茶色いおかずに、彼らは望郷の味覚を重ね合わせたのかもしれない。
今では、秀美さんのご主人である2代目の廣さん、息子の和典さん親子が、先代の味を受け継ぐ。

マグロ
夜勤明けの常連

平日の16時。ひとり客4人それぞれが、テレビに目をやりながら静かに杯を傾けている。「夜勤明けで、ここが2軒目ですわ」という男性は「いつも決まってこれや」と、ショーケースからマグロの造りとゼンマイ煮を選び、ビールを飲りながらつまんでいる。2杯目は必ず酎ハイだそうで「飯は食わへん」らしい。特製ソースをどっぷり浸けた一口カツを、ゆっくりゆっくりと味わいながら、こう呟いた。「ここは家族経営で、温かみがある。ショーケースには魚も野菜もいろいろあって、気楽に呑めるのがえぇんや」。

ご主人の廣さんによると「息子が和洋の一品ものを、私がショーケースのなかの惣菜を担当しています。おかずはちょっと濃い目とお客さんに言われることもあるけど、昔よりかは薄味やで」。とはいえ、さすが働く男のチカラめし。ぜんまい煮や若竹煮など煮物は、しっかりとした味付けで、酒を無性に欲する。

かたや造りで供するマグロ赤身は、きめの細かいサシが入り、旨みも香りも上々。「昔から、鶴橋のマグロ専門店から仕入れさせてもろてます。沿岸もの(大阪湾の魚介)は、近所の木津市場で調達。自分の目で見て選ぶことは、お客様への責任やと思っているので」。口数少ない廣さんはそう語る。

ご主人
ツワモノ

「この店がなかったら、ワシャ行くとこあらへん!」と、壁際のテーブル席から大きな声が聞こえた。「野上屋食堂」に毎日通っているというツワモノだ。「中華そばにオムライス、何食べても旨いし、めちゃ安い。親父の代から来てるわ」。ワシが好きなのは…と赤ウインナーをつまんでいると、日替わりの「トンカツ定食」がやってきた。「トンカツは端っこのガリガリから食べる派や。一番旨い分厚いとこは、最後の楽しみに残す。まずは、半分ソースがかかったガリガリをオン・ザ・ライスで。酎ハイで流し込むのが最高やな」とご満悦の様子。

「豚ロースを使った普通のトンカツですよ」と、厨房では息子・和典さんが静かに話してくれた。「しいて言うならソースですかね。デミグラスソースは市販のもんですけど、ケチャップやカレーライスのルーそのままを加え、気持ちスパイシーに仕上げています」。和典さんも、祖父から味づくりを学んだと言う。

息子
トンカツ

「最近はね、息子よりも若い子たちも来てくれるようになったのが嬉しいですよ」と、秀美さんはにこやかだ。若い世代、といえば秀美さんの娘・里江子さんの存在も大きいだろう。愛想のいいテキパキとしたサービスは、ご常連にもウケがいい。ちなみに「近々、ここで働くことになりそうです」と、この日は里江子さんの彼氏が、営業の合間に、焼き飯とエビフライを食べにきていた。

新世界の土産物屋で働いていると言う青年は、休憩中にやってきて、メガジョッキのハイボールをゴクリ。そして大盛りの焼き飯を喰らっている。「いつも頼むのが粕汁。冬限定なんすけど、めっちゃ旨いっす!」。ほぐした鮭に大根、人参、こんにゃくと具沢山で、調味は酒粕と塩だけというシンプルさ。冬の滋味をハフハフ堪能しながら、英気を養っていた。

粕汁兄さん

軸足は今も変わらず大衆向け。この町で働く人たちを支え続けてきた「野上屋食堂」。ずっと変わらない味が、時代を、世代を超えて受け継がれていく。

ファミリー勢揃い

店舗情報店舗情報

野上屋食堂
  • 【住所】大阪市浪速区恵美須西3‐2‐11
  • 【電話番号】06‐6631‐5134
  • 【営業時間】10:00~20:00
  • 【定休日】月曜
  • 【アクセス】JR「新今宮駅前駅」、大阪メトロ「動物園前駅」より徒歩各3分

文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾

船井 香緒里

船井 香緒里 (フードライター)

福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。料理専門誌やカルチャー誌、ウェブなどの編集・執筆を行う。食の取り寄せサイトや飲食店舗などのキュレーションを手がけるなど、食を軸としながら縦横無尽に展開。暴飲暴食を日課とし、ジョギングとロードバイクにて健康維持。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。