世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
大地の恵みを感じる栗ご飯とキノコの味噌汁|世界のおいしいアウトドア②
栗 栗

大地の恵みを感じる栗ご飯とキノコの味噌汁|世界のおいしいアウトドア②

旅行作家の石田ゆうすけさんは、フランスを旅した際に時折栗を拾い、市場で買ったキノコとともに栗ご飯とキノコの味噌汁をつくっていたそうです。シンプルな料理なのに、レストランで食べる料理よりも満足感の高いと思ったその味わいとは――。

中世にタイムスリップしたような街

世界自転車行脚の旅で、フランスの山あいを走っていたときのことだ。ときおり栗が道路にたくさん落ちていた。僕はにんまりしてブレーキをかける。
秋も深まり、森は大地の恵みにあふれていた。栗の木を見つけるたびにその下でとまって栗拾いに精を出し、夕方早めに森の中にテントを張って栗の皮むきに専念する。栗のおかげで1日の走行距離がぐっと縮む。

テントの前でつくるのは栗ご飯とキノコの味噌汁だ。この季節、森の中は童話の絵本のようにキノコがポコポコ生えている。ただ、知識のない僕は冒険をする気にはなれず、市場でキノコを買っていた。白い大きなキノコで、マッシュルームと松茸をかけ合わせたような香りとコク、そしてかすかな土臭さがある、野趣満点の味だ。秋の森のツンと澄んだ空気の中、そのキノコの味噌汁の豊満な香りに酔い、ホクホクした栗の甘味とご飯の甘味の調和に一人笑う。星つきレストランで食べるフレンチなんか目じゃないなと思う。

夜、寝ていると、パチッ、パチッ、と栗のはぜる音が森閑とした森に響く。森は生きているんだなと身に染みるように実感する。その森に抱かれながら眠りに落ちていく。

街全体が中世にタイムスリップしたような蜂蜜色の街、サルラで久しぶりにユースホステルに泊まった。秋の森ほど気持ちいい“宿”もないが、たまには温かいシャワーを浴びたかったし(物価の高いヨーロッパではたいてい川につかって体を洗っていた)、何も知らずにこの街に入ってその美しさに驚き、もう一日のんびりしたくなったのだ。

中世の世界がそのまま残っているフランス、サルラの街

季節外れのこの時期、ユースホステルは閑散としていた。宿泊客は僕とオーストラリア人女性の二人だけだ。ジョディというきれいなひとだった。大きな目がころころと変化し、表情をつくる。小さな女の子みたいだ。27歳だという。
旅に出る前はヒルトンホテルに勤めていたらしい。
「ホテルで何してたの?」
「コックよ。料理が大好きなの。1,200人のパーティーなんか入るでしょ。すごいの。ダーッと皿を並べてダーッと盛り付けてダーッと一気にサーブ。信じられないわ!」
彼女は長い手を振り回し、目を輝かせながら活き活きとしゃべる。その話の中身より彼女の表情と仕草に僕はけらけら笑っていた。

次の日、朝市を見てまわった。週1回の市だそうで、大盛況だ。
サルラは街全体が美術館のような古都だが、そこに朝市の生活感が加わり、ますます魅力的な空間に変化する。歩いているうちに、ダメだ、離れられない、とたまらずもう一泊することにした。

フランス、サルラの朝市

市にはキノコがたくさん並んでいたので、晩飯にひと袋買った。
夕方、宿に戻るとちょうどジョディも帰ってきた。彼女もキノコの入った袋をぶらさげていたので二人で笑った。
共用キッチンでそれぞれ料理をした。僕はとっておいた栗と今日買ったキノコでいつもの料理をつくる。ジョディはなにやら複数のスパイスを使い、キノコをバターで炒めている。

共用の食堂でお互いのものを分け合って食べた。
彼女の「キノコと野菜のソテー」はなんとも形容しがたい複雑な味だった。膨らむような旨味はあるけれど、松茸に似た香りが消えている。
ジョディは僕のキノコの味噌汁をスプーンですくって飲んだ瞬間、「あら?」と目を大きく開けた。次に栗ご飯を一口食べると、同じように「あら?」と目を見開いて僕を見る。ジャパニーズマジックだよ、と冗談で言ったら、彼女は目をまん丸にして驚いていた。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。