世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
北欧でつくったサバの潮汁|世界のおいしいアウトドア①
ノルウェーのフィヨルドの前でつくったタラのソテーとサバの潮汁 ノルウェーのフィヨルドの前でつくったタラのソテーとサバの潮汁

北欧でつくったサバの潮汁|世界のおいしいアウトドア①

旅行作家の石田ゆうすけさんは、世界一周旅行で北欧を訪れた際に、倹約のためにサバイバル生活をしたといいます。夏とは言えど寒さが厳しい北欧でのアウトドア飯とは――。

野生的な北欧旅

中南米を1年あまり自転車で旅したあと、北欧に飛んだら物価の高さにめまいがした(比喩ではなく、本当にめまいがして気分が悪くなった)。トマト1個で、アルゼンチンならステーキ用の肉が買えるではないか。
「こうなりゃ意地でも支出を抑えてやる!」と僕はいきりたった。こうして旅はサバイバル色を強めていくのである。

寝る場所は毎日森だ。北欧では町と町の間に深い森が広がっている。きれいに間伐されているのでテントを張るスペースにはまったく困らない。しかも一面にブルーベリーがなっているからビタミン補給もできる。
体は川で洗う。ホテルのシャワーなんかよりずっと快適だ。ときどき唇が紫色になることもあるが、体が震えるぐらい気持ちいい。

ところが、北極圏を越えたあたりから“川風呂”もキツくなってきた。季節は真夏だが、天気が崩れると日本の初冬のような気候になる。低山にも雪や氷河が目立つようになり、それらから溶け出した川の水は飛び上がるほど冷かった。この水で体を洗うのはちょっとしたコツがいる。

まずは足首まで浸かる。冷たさはすぐに痛みに変わり、最初は10秒と持たずに慌てて川原に上がるだろう。ここであきらめる人は多いと思う。しかし、人間の順応性を信じることだ。
再び川に入ってみよう。さっきよりも痛みは少ないはずだ。思いきって膝下まで浸かってみる。20秒は我慢できるようになっている。川原に上がって痛みが引いたら、再び川へ。これを繰り返すのだ。そのうち体が冷えて体温と水温の差が縮まっていき、川に入るたびに体を深く沈められるようになる。膝上→尻→胸という風に。頭まで浸かり、髪を洗うことができたら合格だ(誰もやらないか……)。

しかし、どれだけ体を慣らしていっても順応性には限界があるようで、胸まで浸かった瞬間、急に鼓動が鈍くなるように感じることがある。心臓が止まるんじゃないかと本気でおそろしくなる。握りこぶしで心臓のあたりをドンドン叩く。右手で叩きながら左手で髪を洗う。そして僕は丸裸。我ながら間抜けな図だ。

ノルウェー、ロフォーテン諸島のフィヨルド

メシは当然自炊だ。動物性たんぱく質の補給は釣りにかかっている。ノルウェーの海岸一帯は、氷河に削られてできた谷に海が入り込んだ、いわゆるフィヨルドが続く。迷路のような入り江が魚にとって恰好の住処になるのか、ときに魚は入れ食い状態になった。

丸々太ったサバが釣れると、すぐさまぶつ切りにしてあり合わせの野菜と一緒に煮る。味つけは塩だけ。インスタント出汁も旨味調味料もいらない。きわめてシンプルな潮汁だが、これがびっくりするくらいおいしい。サバの香りとコク、野菜の旨味が汁に溶け出している。フィヨルドの絶景――海からそそり立つ巨大な岩山――を眺めながら、具をかきこみ、汁をすすり、ため息をつく。

ノルウェーでタラの干物づくりツーリング

タラはサバ以上にたくさん釣れた。煮つけ、水炊き、ソテーと何にしても旨いのだが、ときどき調子にのって一回では食べきれない量を釣り上げてしまう。そういうときは三枚におろし、紐を通して自転車にぶら下げる。そのまま走ると切り身は風にさらされ、上等の天日干しができる。それを指でちぎって味噌汁に入れると、潮の香りとタラの甘みが滲み出て微笑ましい味になった。

ある日、いつものようにタラの切り身を風に当てながら走っていると、目の前で小鳥が車にはねられ、道路に転がって動かなくなった。このとき、「かわいそうに」と心が痛むよりも先に、「あ、食える」と思ってしまった。
うーむ、どんどん野生化しているな……。

文・写真:石田ゆうすけ 

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。