シネマとドラマのおいしい小噺
焼酎と豆腐チゲを、あの日、父と|ドラマ『梨泰院クラス』

焼酎と豆腐チゲを、あの日、父と|ドラマ『梨泰院クラス』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第18回は日本版リメイクもつくられた、人気の韓国ドラマ。グッと涼しくなってきた今、ぐつぐつ煮えた豆腐チゲが恋しくなるはず。※本記事は、物語の結末に触れる内容(ネタバレ)を含みます。

今シーズン放送中の『六本木クラス』は、韓国の人気ドラマ『梨泰院クラス』のリメイク。東京・ソウルと設定は異なるが、前作を彷彿とさせるシーンが多く、あらためてオリジナル版を見返したくなる。

『梨泰院クラス』は、飲食店ひしめくソウル・梨泰院で、主人公パク・セロイ(パク・ソジュン)が、父の敵である外食業界トップ・長家(チャンガ)を倒すべく、自分の店を巨大企業へと成長させる物語。まずは居酒屋「タンバム」を開店し、その後襲いかかる苦難を仲間たちと乗り越えていく。不可能と思われた夢をかなえていく展開に、ぐいぐい引き込まれる。

居酒屋が舞台ゆえ多くの料理が出てくるが、重要なモチーフとなっているのが「焼酎」と「豆腐チゲ」。そこには父との思い出が凝縮されている。高校を退学になったセロイが、父と食堂を訪れ焼酎を飲む場面が物語の起点だ。

「酒は飲めるか」
「高校生だよ」
「もう違うだろ」
父が息子を大人扱いして酒を教える。焼酎の瓶の蓋を開け、息子に酒を注ぐ。セロイは両手でグラスを包み、父の酒をうやうやしく受ける。
「右手でラベルを覆うように持ち、左手を添えて」
「上までつがず、半分より少し上で」
父は酒の持ち方や注ぎ方を丁寧に伝授していく。目上の人と飲むときは少し横を向くようにと、儒教精神に基づく礼儀も教え込む。

差し向かいに座る二人の前に置かれたガスコンロ。鍋の中では豆腐チゲが煮えている。豆腐チゲは、土鍋を使いおぼろ豆腐(スンドゥブ)とあさりなどの魚介類、肉や野菜をスープにして煮込んだもの。ごま油、おろしにんにく、粉唐辛子、コチュジャンなどで味付けるが、日常的に家庭や食堂で食されるメニューでありながら、それぞれレシピが異なり味に個性が出るのだ。

セロイは鍋に直接スプーンを入れ、豆腐をすくって口に入れた。熱々で香辛料たっぷりのチゲと焼酎の相性は抜群。初めて父と焼酎を酌み交わし、一緒に豆腐チゲを食べたこの日のことは、「酒は父親に教わるもの」という言葉とともに、記憶の奥深くに残ることになる。

やがて父が亡くなり、長家との因縁の闘いが始まる。復讐を心に誓うセロイは、血のにじむ努力のすえ居酒屋をオープン。その店で、料理長に代わりセロイが厨房に立つ姿が印象的だ。

驚くほど手慣れた様子でフライパン揺すり、「辛さ控えめ」「激辛」といった注文を造作なくこなしていく。挙句はまかない飯としてスタッフに豆腐チゲをふるまい、その味に仲間たちは驚愕する。
「すごい。今までで最高だ」
やがて豆腐チゲは看板メニューとなり、行列のできる人気店となっていく。

宿敵・長家が、セロイの軍門に下ることになるラスト間際のシーン。会長みずから、プライドをかなぐり捨てセロイに助けを求めやってくる。ついに訪れた対決の時。ここでも豆腐チゲが登場する。

セロイは自らチゲを作り、会長をもてなす。食べやすく崩したおぼろ豆腐を、大きなスプーンで皿からそっと鍋に移す。丁寧な所作である。テーブルには蓋つきの容器の温かい白米、付け合わせの大根ナムル、黒豆の煮物が用意されている。セロイは厚い木の鍋敷きの上に、黒い土鍋に入った豆腐チゲをそっと置く。宿敵の二人が向かい合う場に異様な緊張感が張りつめ、鍋の中で熱々のチゲが立てる盛大な音だけが響いている。

「豆腐チゲか」
「食べて下さい」
会長は深く息を吸うと白米の蓋を取り、鍋のチゲにスプーンを入れる。一口すすると「ああ」と声が漏れた。再びスプーンをチゲにくぐらせ、顏を上げてじっとセロイを見つめる。何度もチゲに口に運び、その速度が次第に早まっていく。とてつもなくおいしい。セロイをみつめながら、今度は白米をスプーンに山盛りに載せ、そのまま一口で飲み込む。

セロイがビジネスの話を始めても、会長は何かに衝かれたようにチゲを食べ続ける。長家の味に絶対的な自信を持っていた会長が、ついにセロイに降参した瞬間である。そして、その姿をセロイはじっと見つめていた。

二人の男が人生を賭けた長い闘いが、ひとつの料理に凝縮され、彼らの魂となって昇華する、見事なシーンである。そして、やがて物語は大団円を迎える。

おいしい余談~著者より~
焼酎は「甘い」か、それとも「苦い」のか。店名“タンバム”(甘い夜)の由来でもあり、人生と重ね合わせるようにリフレインされるこの問いが、もう一つのテーマです。父と初めて飲んだ焼酎は甘く、苦さしか感じられない幾多の夜を経て、最後に甘さに酔うことを自ら受け入れるセロイ。このドラマを見ながら、あらためて焼酎を深く味わってみたくなるのです。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。