映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第17回は、数々の賞に輝き続編待望の声もやまない、日本の法医学ドラマ。名シーンの多い傑作ですが、随所にある「食」に注目すると、登場人物たちがより生き生きと見えてきます。
『アンナチュラル』(2018)は、架空の死因究明研究所を舞台に、不自然死(アンナチュラル・デス)の解明に日夜取り組む5人のスペシャリストが主人公。三澄ミコト(石原さとみ)も、法医解剖医として寝る間も惜しんで働く日々だ。
このミコトがとにかく魅力的。仕事への使命感の強さ、誠実で献身的な姿勢は同僚たちの心を動かし、チームワークを強固にしていく。日常的に死に向き合う職業でありながら、この研究所が明るく希望を失わないのは彼女の存在感に寄るところが大きい。そしてそのパワーの源泉はミコトの食欲だ。
ミコトはとにかくよく食べる。豪快に食べる。しょっぱなの女子更衣室のシーンから、いきなりミコトは天丼をぱくついているのだ。ロッカー室の長椅子に白衣を着たまま足を組んで座り、同僚の東海林(市川実日子)と他愛のない会話を交わしながら、口に運ぶのは赤いしっぽのついた大きな海老の天ぷら。白い発泡スチロールの弁当容器から、大口をあけて白米をかきこんでいる。
天丼を食べながらはっきりモノ申すミコトに、東海林がツッコミを入れる。
「朝9時から天丼食べてる人に言われたくない」
ミコトはこう返す。
「朝だから、食べるんでしょう」
朝から天丼でお腹を満たすことは、どうやらミコトの意志らしい。
恋人を亡くし意気消沈している女性にも、ミコトは唐突に袋入りのあんぱんを取り出すと、一緒に食べませんかと持ち掛ける。
「ここのこしあん、おいしいんですよ」
女性はとても食べる気力などない最低の状況だ。
「そういう気分じゃないんです」
しかしミコトは間髪入れず言う。
「そんな気分じゃないから、食べるんです」
食べることをおざなりにしない。食べ物をしっかりと味わってこそ、キツイ人生にも立ち向かっていける。強靭な精神の持ち主に見える彼女を支えている、その一つが「食」だということが、このシーンからも解きほぐされていく。
一話ごとに謎が解明される一方で、全体を貫く縦糸にメンバーの人生が浮き彫りになるのもこのドラマの見どころ。やがて仲間は抱えている苦しみを理解し、悩みを共有し合うようになる。
そうして心を通わせていくプロセスでも、ミコトと仲間たちはやはり食べる行為を通じて互いを認めあう。もう一人の法医解剖医・中堂(井浦新)は、研究所で最もクセの強い男。過去の不幸な出来事が彼の心を頑なにさせていたが、ミコトの存在によって徐々にメンバーに心を許していく。
そんなある日所長(松重豊)と社内で男ふたり、キャンプ道具でおでんを食べるシーンが実にいい。ガスボンベで火を起こし、コンロの上にはどっしりしたキャンプ用の鍋がかかっている。日本酒の一升瓶が置かれ、お湯を沸かした楕円の飯ごうの中にお銚子がつけられている。鍋の中には大根、卵、昆布、練りものと王道のおでんダネ。日本酒をたっぷり入れたコップを手に、しみじみ語りあう男同士の姿におでんのぬくもりが伝わるようで、見ている方の心も温まっていく。
そしてこのドラマで最も明るいシーンは、研究所メンバーが勢ぞろいの打ち上げ会。多忙を極める彼らの宴会場は、やはり社内である。殺風景な事務所のテーブルに、大きな一升瓶がどんと置かれ、出来合いの総菜パックとみかん、乾きもののつまみなどがぎっしりと並ぶ。口々に乾杯と言い合いグラスを合わせ、そこでもミコトは誰よりも大きな声を出している。酒のあてはどこででも手に入りそうな食べ物なのに、ほろよいメンバーの嬉しそうな顏がたまらない。苦労を共にした職場の仲間と飲食を供にすることを、彼らはこの上なく楽しんでいるのだ。
係り結びのように、最終話でもミコトは更衣室でひとり黙々と天丼を食べている。旺盛な食欲は一ミリも変わっていない。そしてラストまで彼女に並走してきた視聴者は、ミコトが使命を全うするために自分自身を鼓舞し、強い意志で食べる行為を成し遂げようとしていることに気づく。彼女の生き方に共鳴すればするほど、その食べっぷりはたまらなく美しく、頼もしく見えてくる。
文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ