シネマとドラマのおいしい小噺
ミートボール煮込みは、帝王学のレシピ|映画『ゴッドファーザー』

ミートボール煮込みは、帝王学のレシピ|映画『ゴッドファーザー』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載、第14回。今回は、長く愛されるマフィア映画の名作から。

2022年に公開50周年を迎える『ゴッドファーザー』は、長年にわたり映画ファンを痺れさせてきた傑作である。イタリア系マフィア、コルレオーネ一族を描く壮大な人間ドラマは、敵と味方が入り乱れ裏切りが横行する。そんな中で、古参幹部のクレメンザ(リチャード・カステラーノ)だけは違う。

彼は初代ゴッドファーザー・ヴィトー(マーロン・ブランド)の腹心の部下で、その後二代目マイケル(アル・パチーノ)にも仕える。殺しを完璧にやり遂げる冷徹さとともに、ファミリーに忠誠を尽くす人間味のある男だ。そしてその迫力ある巨体が示すように、クレメンザは食いしん坊である。それはこんなセリフからもわかる。

「銃はおいていけ。カンノーリを取ってくれ」

カンノーリとは、筒状に巻いたサクサクした皮に、しっとりしたクリームをぎゅっと詰め込んだお菓子。このシチリア名物のスイーツを、クレメンザは妻に頼まれて買い求め、車の中に置いていた。その車中で殺しが実行され、クレメンザは微塵も動じることなくお菓子を取り出すようにと部下に命じたのだ。

車の中から大事に持ち出された、十字にリボンがかけられた白いケーキ箱。無残な亡骸と可愛らしいお菓子のコントラストが、マフィアの非情な日常を映し出す。そしてカンノーリは、この名シーンで一躍名前を知られることになった。

さらに、クレメンザが若きマイケルに料理を教える場面も、強い印象を残す。クレメンザはマイケルを呼び止めてこう告げる。

「料理を教えてやる。いつか20人分を作ることになったときのために」

マフィア一族の仕事場にいるのは、いつも男たち。女性は家庭の中にいて、ビジネスには決して口を出させない。仲間同士の内密の打ち合わせが、食事をしながら行われることも多い。つまり腹ごしらえのため、男が料理を作る必要に迫られるというわけだ。それがボスとなる者の条件であり資質であると、クレメンザは思っていた。そして、ヴィトーの後継者にふさわしいのは三男坊のマイケルであると。

慣れた手つきで鍋を火にかけ、唐突にレクチャーを始めるクレメンザ。メニューはシチリアの名物料理、ミートボールのトマト煮込みだ。若きマイケルはそんな彼の横に佇み、所在なさげに鍋の中を覗き込む。

オリーブオイルでニンニクを炒めると、強い香りが立ち上がる。缶詰のトマトを2缶鍋にあけ、そこにトマトペーストを入れる。「くっつかないようにするのがコツ」と手早くかき混ぜていく。 調理台の上の大皿には、ミートボールとソーセージが一緒に盛られ、こぼれそうになっている。クレメンザは皿を傾け一気に鍋に落とし、続いて大きなボトルから赤ワインをドボドボと注ぐ。最後に隠し味に砂糖を放り込んだら、あとはぐつぐつ煮込めばいい。

鍋の中でトマトの酸味と、砂糖の甘味が混ざり合い、さらに赤ワインが肉の旨味を引き立てる。ミートボールとソーセージ、二種類の肉の食感が味わえて、男たちのお腹を満たすこと請け合い。またたく間にボリューミーな煮込みが出来上がった。

手早く腹ペコの男たちを満足させること。それがクレメンザが考えるボスの料理の条件である。ミートボールのトマト煮込みは、手間がかからないわりに食べ応えのある、効率のよいレシピなのだ。

マイケルの人生の物語は、シリーズ3部作を通して十分に堪能できるが、結局のところ彼が仲間たちに料理を振る舞う機会は、最後まで巡って来なかった。もしマイケルがファミリーのために本気でミートボールを作ろうとしていたなら、その人生は失意と孤独に彩られることなどなかったのではないか。そう思うと、厨房でクレメンザに料理の手ほどきをされた若きマイケルの姿が、切なく物悲しく見えてくるのだ。

おいしい余談~著者より~
シチリア風ミートボールの煮込みは、クレメンザのレシピ通りでほぼ失敗なく作れます。ソーセージとミートボールのコンビネーションはメインディッシュとしても十分で、かなりの満腹感を得られるはずです。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。