近年、巷でよく見られるインド・ネパール料理店(※)やネパール料理専門店。そういったお店を酒場として楽しむ“インネパ飲み”が、カレーマニアの間でじわじわと注目を集めています。この連載ではインネパ飲みを実際に体験しながら、その魅力をお伝えしていきます。
※ネパール人が経営するインド料理店。通称「インネパ店」。街によくあるカジュアルな雰囲気のインド料理店の多くはネパール人が手掛けていて、それを示すようにネパール国旗が掲げられていたり、“モモ”などのネパール料理がメニューにあったりします。
案内役はインド・ネパールの食器や調理器具の輸入販売業を営む、アジアハンター小林真樹さん。北は北海道・稚内から南は沖縄・宮古島まで、全国各地のインネパ食堂を食べ歩いた著書『日本のインド・ネパール料理店』を上梓したばかりの食いしん坊でもあります。飲みのお供は、「東京ダルバートMAP」を編纂するカレー偏愛ライターの田嶋と、編集Mが務めます。
今回からはいよいよ、典型的なインネパ店の一つに潜入し、酒場飲みの新たな扉を開きます。
「インネパ店=カレー」の概念は捨てるべし!
「サッカール」。深川資料館通りを木場公園方面に進んだところにある。
今回インネパ飲みの地に選んだのは、清澄白河の「サッカール」。店の内外には料理の写真がところせましと貼られ、これぞインネパ店という情報量あふれる佇まいです。まずは、その中からひときわ目を惹いた“HAPPY SET”をオーダー。値段は、料理4品+お酒1杯で衝撃の850円!
ハッピーセット850円。ホッピーの“ナカ”のおかわりは別料金とのこと。
セットの中には、豆せんべいの上に、スパイスで和えた野菜を乗せたインドの軽食“マサラパパド”も。クミンなどのスパイスや塩、生姜がよく効き、絶好のアテになります。
- 小林
- なんといってもインネパ飲みの大きな魅了の一つが、コストパフォーマンスの良さです。たいていは酒肴になる単品料理やお酒が居酒屋チェーン店並みに安く、酒に関しては生ビールやハイボール、サワー類が300円台であることも珍しくありません
インド料理とネパール料理が並ぶ中、しれっと梅きゅうりやアジフライなどの居酒屋料理が並ぶ。
- 田嶋
- メニューに“梅きゅうり”“ヤゲン軟骨揚げ”“アジフライ”といった日本の居酒屋料理があるのも新鮮です。ホッピーのセットも550円はお手頃ですね
- 小林
- 実はネパール人スタッフの中には、日本の居酒屋に勤めていた人も多く、その当時に覚えたであろう居酒屋料理が、インネパ店のメニューに反映されています。こちら「サッカール」の代表も、もともと居酒屋に勤務した後に独立。今では1号店である清澄白河のほか、森下や東陽町などに支店を増やしています
- 小林
- そもそもインネパ店が出すインドカレーは、クリーミーで甘めなものが多く、酒にはあまり合わない。だから酒飲みの視点からいえば、「カレー以外のもの」が、インネパ飲みのアテとして大きな戦力になる。つまりは、「インネパ店=カレー」という固定概念を取り払うことこそが、インネパ飲みを楽しむ最大のカギなんです
そこで、日本の居酒屋でもおなじみの“アジフライ”を試してみることに。
居酒屋で出されるアジフライと遜色ないほど、衣はカラッと中はふっくらと揚がっています。料理についているのは普通のウスターソースではなく、ちょっとオーロラソース風な見た目の、マヨネーズやスパイスが入ったソースというところが、またそそります。
- 田嶋
- おお、普通にうまい! 実はこれまで、インネパ店では、インド料理やネパール料理以外のメニューをなんとなく避けていたんですが、正直イメージが大きく変わりました
インネパ店激増の秘密は「柔軟性」にアリ
- 小林
- ここで、ちょっと試してもらいたいことがあります
そう言って、小林さんは店員に何かを注文しました。ほどなくして出てきたのが、アジフライについていたオレンジ色のソースとは違う色のソース。
- 小林
- これは“ゴルベラコアチャール”という、ネパール式のトマトアチャールです。今度はアジフライをこれで食べてみてください
ゴルベラコアチャール。「モモコアチャール」とも呼ばれる
- 田嶋
- うん、さっきよりもグッとエキゾチックな味になりました。ほどよい刺激があって、こちらはこちらでおいしいですね!
- 小林
- 山椒をフルーティにしたような風味が特徴の、ネパール山椒“ティムル”が効いたゴルベラコアチャール。それを、さまざまな料理の味変ツールとして使うのが、インネパ飲みの醍醐味の一つです。多くのインネパ店では、モモにつけるたれとしてゴルベラコアチャールを自家製していて、頼めばたいていサービスで出してくれる。そんな融通が効くのもインネパ店のありがたいところですね
- 田嶋
- こうしてあらためて見てみると、インネパ店っていろいろ柔軟ですよね
- 小林
- おっしゃるとおり!インネパ店を営むネパール人は、客のニーズや地域の特性に対してフレキシブルに対応できる店主が多いんです。その柔軟性こそが、インネパ店がこれだけ増えた理由の一つでもあります
- 小林
- もともと日本のインド料理店ではインド人コックが雇われることが多かったのですが、ネパール人の柔軟性の高さや素直さが買われ、次第にネパール人もたくさん雇われるようになりました。一般的にプライドの高いインド人より、ネパール人の方が従業員として雇いやすかったんでしょうね。そして彼らが独立してインド料理店を開いていったのが、インネパ店のルーツといわれます。
- 編集M
- だから、ネパール人が経営している店なのに、インド料理がメニューの主体となっているんですね
- 小林
- その後インネパ店は、日本人のニーズに合わせてメニューや店の形態を自在にアレンジし、時には“魔改造”といえるような改変も行いながら、地域になじんでいきました。そのおかげで、私たちもこうして“インネパ飲み”というユニークな飲み方ができているわけですね
次回も「サッカール」を舞台に、インネパ店ならではの「使い勝手の良さ」を掘り下げます!
店舗情報
- サッカール 清澄白河店
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- 【住所】東京都江東区三好3‐8‐7
- 【電話番号】03‐4291‐9156
- 【営業時間】11:00~15:00 17:00~22:30(L.O.) 土日祝は11:00~22:30(L.O.)
- 【定休日】無休
- 【アクセス】東京メトロ・都営大江戸線「清澄白河駅」より徒歩5分
案内人
小林真樹さん
インド・ネパールの食器や調理器具を輸入販売する有限会社アジアハンター代表。インド亜大陸の食に関する執筆活動も手掛け、著書に『日本のインド・ネパール料理店』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)などがある。http://www.asiahunter.com/
田嶋 章博
(ライター、編集者)
1976年、神奈川県生まれ。ファッション誌の編集を経て独立。ライフワークとしてカレーの食べ歩きと時々自作をしながら、WEBメディア、雑誌でカレー関連記事を執筆。 都内および近郊のダルバートを食べ歩いた「東京ダルバートMAP」を展開中。