世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
焼きそばを旨くする秘訣|世界の昼めしレシピ②

焼きそばを旨くする秘訣|世界の昼めしレシピ②

2022年5月号の特集テーマは「本気の昼めしレシピ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、昼はもっぱら麺料理という麺好きですが、焼きそばだけはあまり食指が動かなかったそう。しかし、台湾を訪れたときに焼きそばを美味しくするコツに気付きました――。

大事なのは「下ごしらえ」と「阪神の勝率」

自転車で世界を旅したときは、スパゲティ以外の麺に出会うまでに6年かかった。北中南米→ヨーロッパ→アフリカという順でまわり、アジアが最後になったからだ。中央アジアのウズベキスタンで"スープにつかった麺"に6年ぶりに邂逅し、食べたときは、ずるずると麺を吸い上げる感触に「帰ってきた」と感じ、急に涙が出たので自分でもびっくりした。その後中国に入ってからは毎日のように昼食は麺になった。もともと麺が好きだし、自転車で走って口が乾いているときは麺が食べやすいのだ。

昼に麺という志向は旅を終えてからも続き、うどん、そば、ラーメン、スパゲティ、そして前回書いたラグメンといろんな麺料理を頻繁に食べている。ただ、焼きそばはほとんどつくらなかった。外でも昼には食べない。食べるのは居酒屋で小腹が減ったときかプロ野球を球場で観ているときぐらいだ。麺が好きだから焼きそばも嫌いではないが、なんとなく不満がある。結局ソースの味じゃん、と思ってしまう。

その概念に、近年ちょっとした変化があった。
台湾に行って、田舎の食堂で「キャベツ炒め」なるものを頼むと、ほんとに炒めたキャベツだけが出てきて、なんじゃこら?と思ったのだが、食べたら驚いた。キャベツがやたらシャキシャキして甘いのだ。なんで炒めただけでこんなに?どうやればキャベツの旨みがこんなに引き出せるの?と頭の上にクエスチョンマークを並べながらなおも食べていると、ああ、なるほど、と思った。炒める前に湯通ししているのだ。たぶん。

帰宅後、試しにやってみた。キャベツをサッと湯に通し、大蒜や鷹の爪と一緒に油で炒め、 醤油をひとまわし。食べてみると思ったとおりだ。甘味が増し、普通に炒めるのとは違ったシャキシャキ感が出ている。焼きそばにいいのでは、と思った。
早速やってみる。普通に焼きそばをつくりながらその横で湯を沸かし、大きめに切ったキャベツを湯通し、出来上がった焼きそばにそのキャベツを入れて少し炒め、完成。食べてみると、ソース味の焼きそばの中で、キャベツの甘味とシャキシャキした歯ごたえがクリアに浮かび、味が立体的に膨らんでいる。以降、我が家の昼食に焼きそばも顔を出すようになった。

先日、信州を旅したときのことだ。伊那市に着くと「ローメン」なる看板を見た。地域の名物らしい。
駅員さんに聞いたお勧めの店を訪ね、注文すると、出てきたのは焼きそばのような料理だ(スープにつかったローメンと二種類あるらしいが、僕が食べたのはスープなし)。ただ、具と麺が混ざっておらず、炒めてソースにからめた麺の上に肉と大ぶりのキャベツがのっている。
肉はラムを甘辛く煮込んだものだった。キャベツはやはり甘くてシャキシャキしている。こちらはどうやら油通ししているらしい。いずれも焼きそばと一緒に炒めずに、それぞれ調理されているから、のっぺりしたソース味一辺倒ではなく、麺と具それぞれが凛と立ち、旨味が重層的に重なっている。いやこれは出色。焼きそばに初めて感動したかもしれない。やはり具と麺は別々に調理したほうが旨いのだ。

もっとも、焼きそばにどこまで求めるかの話で、自分でつくる場合はここまでやる気はしないし、普通の焼きそばも球場でワーワー言いながら食べる分には十分で、とりわけ阪神が勝っていればどんなご馳走にも勝る。まあそういう料理だろう。まあだから、今年の焼きそばはひどい味だ。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。