松尾貴史さんがテレビで活躍し始めたころから、通っているというカレー店が麹町にあります。その麹町を代表する名店の思い出と美味しさとは――。
日本テレビ放送網の社屋は、今は汐留に移転してしまったが、かつては麹町にあった。その脇の路地を挟んだところにあるのが、老舗のカレー店「アジャンタ」である。
東京で仕事を始めた40年近く前、若手芸人としてお笑いの登竜門番組や深夜の番組に出演していると、どうしても不規則な時間に食事をすることになる。日本テレビで打ち合わせ、リハーサル、収録、生放送がある時は、大変に重宝した店だ。なぜなら、年中無休で24時間営業という当時としては画期的なスタイルを貫いてくれていたからだ。ご時世として、現在は営業時間などが変更されているようだが、それでもしごく便利な状態でいてくれている。突拍子もない時間に本格的なカレーが食べられるとあって、報道関係者や制作スタッフも重宝していた。
中曽根内閣の頃、国会の衆議院予算委員会でも「低俗番組」として槍玉に上がった、所ジョージさん司会の「TV海賊チャンネル」の後などで深夜によくカレーを食べに行っていた。
久々にチキンカレーをいただこうと到着したら表に人垣ができている。並んでいるのかと思ったら、テイクアウトの出来上がりを待っている人たちだった。空いたばかりの広めのカウンターに座り、2種類のカレーが食べられる「ランチペア」で、チキンとキーマを選択し、単品でラッサムを注文。まず出てきたコールスローサラダをつまみつつ待つと、ラッサムが到着。トマトなどの酸味の奥からやってくる鋭い辛さで目が覚める。
飲み干した頃合いでカレーが届く。テーブル上に皿が置かれるか置かれないかというときには、すでにスパイスの女王とも言われるカルダモンの清涼な香りが広がる。裏腹に、口に入れた時の温度と辛さのホットな感じがダブルで攻めてくる。メニューの辛さの表示であえて辛いものを選んでいるので、こちらも辛い。テーブルに置かれた小瓶の、玉ねぎのアチャールもなかなかに辛い。そこを、もうひとつの瓶からすくうチャトニーの甘さが中和させてくれる。全体的に、クローブの香りも効いていて、まったくもって私の好みの味と香り。
汗が吹き出して水とタオル地のおしぼりのありがたさが良くわかる。この瞬間、自分の健康も実感するのだ。今年、65周年を迎えるという。この地域を代表する名店であり続けることを願う。
文・撮影:松尾貴史