愛知県名古屋にて、料理とヱビスを愉しむ時間を求めて向かったのは、地元民御用達の専門店。名古屋めし代表格の味噌煮込うどんに、コの字カウンターの炭火焼鳥。いずれもひとりでも入りやすい店構えだ。出張先で、旅先で、地元で愛される味とヱビスを体験しよう。
新幹線が名古屋に近づくほどに、食べたいものがあれこれ思い浮かんでくる。
ひつまぶしに味噌カツ、きしめんに餡かけスパゲッティ、天むすに小倉トースト。
魅惑的な独自の食文化が育まれる名古屋で、新幹線を降り立って直ちに向かったのは、味噌煮込うどん専門店「山本屋本店 エスカ店」である。
味噌煮込うどんには、思い浮かべたら最後、抗えない強烈な引力がある。
店頭には「絶品ヱビスの店」の看板が輝いている。そう、ここは、ひときわ高品質なヱビスブランド樽生を提供している「絶品ヱビスの店」認定店で、クリーミーな泡、クリアなビール、コールドな温度を実現したヱビスが味わえる。
席に着いて注文をすると、漬物が登場した。
これが立派。大根にきゅうり、おろし生姜が添えてあり、サービスとは思えないたっぷりの量。すぐさま、ヱビスビールを注文してしまった。
店長の塩島明穂さんが笑顔で言う。「そういうお客様、とても多いんです」。
続いて、味噌煮込うどんがやってきた。
蓋を取るとぐつぐつとつゆが煮え立つ中からうどんが現れ、だしと味噌の滋味深い香りで包まれた。
麺はかなりの硬ゆで。箸でつかんだそばから、しっかりとした弾力が伝わってくる。蓋には穴が開いておらず、この蓋を小皿代わりにして麺をのせて食べるのが「山本屋本店」流だ。
聞けば、この麺。毎朝、毎昼、工場にて県内12店舗分を職人が打つ手打ちだという。その量、1日約8,000人分にも上るというから圧巻である。
熱々のつゆは、期待通りの濃厚な旨味。豊かなコクのヱビスビールを飲むと、さらに旨味がぐーっと引き立ち、贅沢な後味が広がった。
メニュー開発や企画・広報を担当する永田剛典さんによると、「山本屋本店」が生ビール用のビールサーバーを導入したのは1995年のこと。その時から、生ビールはヱビスひと筋。理由はこうだ。
「1年醸造で販売されるのが一般的な八丁味噌ですが、当店では3年寝かせたものを自社用に造ってもらっています。旨味が凝縮されるとともに渋みも出てしまうので、白味噌をブレンドします。その旨味に負けないよう、だしもパンチのあるものを使っています。導入時に多種のビールを飲み比べて、最もしっかりした味わいがあり、つゆの濃さと相乗する旨味があるヱビスに決定しました。当時はご当地ビールブームもありましたが、一過性のものではなく、“本物のビール”を提供したいと考えてのことでした」
そんな話を聞いている間にも、エスカ店には続々とお客がやってくる。コロナ禍以前の多いときは、来店客は1日800人に上ったという。今でもランチ時ともなると、厨房の15台ものこんろがフル稼働する。
至便な立地のため、客層もさまざま。常連客に加え、“名古屋めし体験”をしていく観光客や出張中のビジネスマン。それに、仕事終わりの“お疲れビール”を味わい、ひとりの時間を愉しむお客も多い。地元で愛される名物店は、癒しの時間を過ごせる場でもあったのだ。
次に訪ねた専門店は、地場の地鶏・名古屋コーチンや銘柄鶏・三河赤鶏を炭火で焼き上げる「鳥つる」だ。コの字カウンター12席のみ。焼き手の手元まですべて見渡せる造りだ。
店主の坂口康二さんは、焼鳥店で修業を積んで独立したものの、素材や店の仕様は自分の考えを追求したスタイルにした。
「名古屋の焼鳥店は賑やかで大衆的な囲気の店が多く、コの字カウンターの小体の店は少ないと思います。1本ずつ焼き立てを温かいうちに食べていただきたくて、このスタイルにしました。お客様のペースを見ながらお出しできるんです」
名古屋コーチンは、歯ごたえがしっかりしているため、ももとぼんじりのみを使い、せせりや肝、こころ(ハツ)、砂肝といった部位は銘柄鶏・三河赤鶏を用いる。いずれも朝びきの極めて新鮮なものを仕入れ、均等に火が入ることを第一にサク取り、串打ちをする。
使う塩は3種。肉にはフランスのミネラル塩「ゲランドの塩」、野菜には「海の天日塩あまみ」、下味は精製塩と使い分けている。
焼鳥とヱビスが供される。ヱビスビールが注がれるのは、繊細なうすはりのグラスだ。
「高価だし割れやすいのですが、やっぱり味が違う。僕はこのグラスで飲むのが好きなんです」
泡は、きめ細かくクリーミー。華やかな香り、丸みのある味わいがいっそう際立って感じられる。ひんやりと冷たいヱビスビールが喉を潤していく。
コースの設定はないが、おまかせで「5本」「8本」といった具合に、好みやお腹の具合によってオーダーができる。その場合は、淡白な塩味のささみから始まり、肝、こころ(ハツ)と味のしっかりした部位やたれの串を織り交ぜながら供される。
名物のちょうちんはレアで焼き上げる。
「ひと口で召し上がってください」
言われるがままにひと口で頬張ると、きんかん(黄身)が口中で弾け、瑞々しいソースのごとく広がった。たれの旨味をまとったひもの部分は、噛みしめるほどに濃厚なエキスがしみ出てくる。鮮烈な驚きを与えるおいしさだ。
お酒好きだという坂口さんに、ヱビスを選んだ理由を聞いてみた。
「自分が好きだからに尽きますね。自分が好きなお酒しか置きたくないんです」
ヱビスと合わせるならどの部位が合うかをたずねると、坂口さんは「なんでも合いますよ!」とからりと笑いながら答えた。
ああ、その通りだ。無粋なことを訊いてしまったなぁ。
塩味もいいが、たれをまとった焼鳥もいい。部位ごとにそれぞれのおいしさがあり、確かにどれも合い、飽きることがない。
〆に、“鳥つるそうめん”なるものを注文した。
麺は、極細の三輪そうめん。そしてつゆには、自家製の鶏スープが使われており、食べ慣れた魚介のみのだしとは違う骨太な旨味がある。このつゆとヱビスもまた好相性。
グラスのヱビスビールを飲み干し、口の中に幸せな余韻をたたえたまま、店を後にした。
山本屋本店 エスカ店
【住所】愛知県名古屋市中村区椿町6‐9 エスカ地下街
【電話番号】052‐452‐1889
【営業時間】10:00‐21:30(L.O.)
【定休日】無休(エスカ地下街の休日に準ずる)
【アクセス】JR「名古屋駅」より1分
鳥つる
【住所】愛知県名古屋市中村区那古野1‐46‐15
【電話番号】090‐3710‐9200
【営業時間】17:00~23:00
【定休日】日曜、祝日の月曜
【アクセス】地下鉄「国際センター駅」より2分
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文:長谷川ミヤ 写真:山出高士