世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
思わず虜になったベトナムあんみつ「チェ―」|世界のあんこ③

思わず虜になったベトナムあんみつ「チェ―」|世界のあんこ③

2022年3月号の第二特集テーマは「極上のあんこ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、ベトナムであんみつ好きになるきっかけとなったスイーツと出会いました。言葉を失うほど美味しいという魅惑の味とは――。

“チェー道”を究めんとする旅路

あんみつが好きで、昭和な店を見つけてはよく食べるのだが、ベトナムを旅していなかったらこうはなっていなかったなと思う。
ベトナムに「チェー」というスイーツがある。「ベトナム版あんみつ」などとよく形容されるのだが、その世界の奥深さは日本のあんみつの比ではない。
一番の違いは中に入れる具のバリエーションの多さだ。小豆のあんこだけでなく、金時豆や緑豆など甘く煮た豆類、タロイモやサツマイモなどの芋類、タピオカ、白玉、ゼリー、フルーツ等々、多い店になると20種類近く。店頭に並んだそれらを客は指で差しながら注文し、店主は次々に具をガラスコップに入れていく。その上にどろりとした濃厚なココナッツミルクを垂らし、最後にかち割り氷をのせてできあがり。客は柄の長いスプーンでかきまぜながら食べる。

味は店によって違うのは当然だが、同じ店でも入れる具のコンビネーションでめまぐるしく変化する。それこそが“チェー道”の深さたるゆえんだ。この摩訶不思議、かつ蠱惑的な世界に僕はすっかりのめり込んだ。
熱帯林に覆われた道を毎日自転車で走りながら、町に着き、チェー屋を見つけるたびにブレーキをかける。店が見つからないときは人をつかまえ、聞くことも厭わない。日記には「今日のチェー」というコーナーができ、その日食べたチェーの詳細を記す。
そうしてベトナムに入って1ヶ月ほどたった頃、ニンビンという町でとうとう“キング・オブ・チェー”に巡り合ったのだ。

夜になると、その屋台は路上に現れた。注文を待つ人で行列ができ、地面に置かれた20ほどの椅子はすべて埋まり、立って食べている人も大勢いる。地方の町とは思えない賑わいだ。自分の釣竿の下に大きな魚の影がゆらり、と近づいたのを見る思いがした。来た――。

列に並び、自分の番が来ると、すべての具を入れる「タッカー」を注文した。1杯2000ドン、日本円で約15円。
出てきたチェーは見た目から違っていた。上にのっている氷がいつものかち割りタイプではなく、粒子の細かいカキ氷だ。
ドキドキしながらひと口食べてみる。
「ほう」
 ふた口目。
「ふむ」
 三口目。
「………」
 四口目。
「………………」
雪解けを思わせるストリングスの音が、ゆるやかに流れはじめた。小豆、黒豆、白い豆、サツマイモにタロイモの甘煮、白玉にむちむちゼリー、タピオカ、マンゴー、パイナップル、ピーナッツに揚げサツマイモ、食べやすいように粒の大きさが一定に切りそろえられ、しかも粒のサイズがピーナッツ大と、通常より小さいから一度にいろんな具が口に入ってくる。くにゅ、もちっ、ぷゆ、ぽわん、さくっ、びろん、多種多様な食感を一度に味わうことができるのだ。しかもひとすくいごとに違う。どの具がどれくらいスプーンにのるかで味わいは無限に変わる。偶然の生み出す味のシンフォニー。そうしてどのパターンでも、どのパートが使われても、コンダクターはすべての奏者、楽器の個性を引き出し、律し、盛り上げ、完全な調和を保ちながら、壮大なドラマをつくりあげていくのだ。

このとき同じくチェー道に身を投じている仲間が僕の向かいにいた。
いつもなら二人で「甘さが尖っている」だの「具の個性が主張しすぎ」だの、グルメぶった顔で批評しながら食べるのだが、このときは二人とも無言でかきこみ続けた。何かを言葉にしたいのだが、完全なるものの前に言葉はいかにも無力だった。

コップの中をきれいに平らげると、互いの目を見た。目尻がだらんと垂れ下がっている。二人とも迷わず立ち上がり、お代わりを注文しにいった。
食べ終わったあと、何度となくため息をつきながら、うっとりした顔で宿まで歩いて帰った。世界は希望にあふれ、星は頭上で瞬いていた。僕たちはここに“道”のひとつの到達を見たのだ。さらにはこのチェーを食べるためだけに、翌日もこの町にもう一泊したのだった。

文:石田ゆうすけ 写真:島田義弘

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。