とにかく「手」が長いその怪魚は、揚げて食すのが絶品だという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
「テナガエビ」は体長9cmほどの汽水・淡水生のエビで、生きているときは透明感のある緑褐色で紋様はない。大きな特徴はその名の通り、手のように見えるオスのハサミ脚が体長の1.5~1.8倍ほど長いことだ。クレーン車のようにこれをのばして敵を攻撃したりエサをつかんだりできるようになっている。これは第二歩脚が長くのびたもので、第一歩脚が大きくなるザリガニとは異なる。ちなみにテナガエビの一対の第一歩脚は大きなハサミ脚の内側に小さく備わっている。
「イタリア料理店でテナガエビを食べたことがある」という方が多い。それは海に生息するアカザエビだと思って間違いない。アカザエビもまたハサミ脚が長いから料理店ではテナガエビと呼ぶ。しかしアカザエビはアカザエビ科であってテナガエビ科のテナガエビとの縁は遠い。
同じテナガエビ科で姿形がテナガエビによく似ているものに「ヒラテテナガエビ」と「ミナミテナガエビ」があり、3種類ともテナガエビと総称されている。だがこの3種類は生息地域や生息環境がやや異なる。テナガエビは本州以南の低地の河川や湖沼の流れのゆるやかな水域を好む。ヒラテテナガエビは千葉県以南のきれいな水の川に生息する。比較的大型のミナミテナガエビは本州から南西諸島まで広く生息し、生息環境も河川上流から下流まで見られる。
テナガエビ釣りはとにかく楽しい。簡単な道具で誰でも気軽にでき、しかも奥が深いから一度やってみるとはまってしまう。季節は5〜7月。釣り場は河口域や汽水域のテトラ周りの水深1m。小物用の釣り竿に細い釣り糸を結び、小さな玉ウキとオモリを装着してごく小さな釣り針にアカムシやサシをかける。コツはアタリがあってから20秒ほど待って上げることだ。
テナガエビ料理は唐揚げか素揚げに尽きる。唐揚げのおいしさはサクッとした歯切れのよさからはじまり、やがて淡水生ならではの複雑かつ玄妙なうま味が舌にからまってくる。これほどビールに合うつまみはない。ただ、淡水生なので生食は絶対に避けること!
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏