2022年3月号の第二特集テーマは「極上のあんこ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、意外にも寒く感じる冬の台湾で、温かいおやつを探していたところとある極上の逸品に出会いました。その美味しさとは――。
初めて台湾に行ったのは1月だったのだが、寒さに驚いた。石垣島と同じぐらいの緯度だから単純に冬も温かいだろうと思っていたのに、日本の本州と変わらない。町には分厚いダウンジャケットを着て歩いている人が大勢いるし、夜になると日によっては息が白くなった。
台湾に来て2日目、桃園という町に着いたその日もひどい寒さで、晩飯を食べたあと、何か温かいものがないか探しながら夜の町を歩いていた。
「紅豆湯」という看板が目に入った。前日に「紅豆」は小豆のことだと知ったばかりだ。これってもしかして……。
店に入り、「紅豆湯」を頼むと、思った通りぜんざいが運ばれてきた。すごい量だ。日本のぜんざいが小さな椀で遠慮がちに出されるのに対し、こちらはその3倍ぐらいありそうな容器になみなみ入っている。
スプーンでひと口すすってみた。
「え……?」
さらにすする。
「………」
さらにひと口。
「う、う、うまああああっ!」
なんなんだこれは。日本のぜんざいと全然違うではないか。甘さ控えめなんてもんじゃない。一瞬、味がないのかと思ったほどだ。でも何杯かすすると静かに滋味が広がってくる。小豆のホクホクした膨らむような旨さが、静止した水面にさざ波が立つように伝わってくる。
京料理が頭に浮かんだ。調味料がぎりぎりまで抑えられ、素材の旨味が引き立てられている、あの味わい。京料理を食べるたびに、これが最も洗練された形なんじゃないかと思ってしまう。
台湾は、よくわかっている。料理全般、薄味で最初は物足りなく感じるのだが、次第にその繊細さに膝を打ちたくなってくる、この絶妙の加減。
テーブルには砂糖が置かれていた。甘さが足りないと感じる人は自分で砂糖を加えるのだろう。いいシステムではないか。自分に適した甘さにできるし、途中で味が変えられるから飽きも来ない。なるほど、台湾のぜんざいが大容量で出されるわけだ。なんで日本もこれをやらないのだろう。
さらに、味以上に驚いたことがあった。具だ。種類がすごいのだ。白玉にタロイモ、わらび餅のような半透明の餅に、花豆や緑豆などいろんな豆類、色とりどりの芋団子等々、全部で10種類以上あり、食感がすべて違う。スプーンにのる具の組み合わせで毎回異なる味わいになる。
その妙味に感じ入っていると、逆に、なぜ日本のぜんざいの具は餅だけなんだろうと不思議にさえなった。そのほうが見た目はすっきりしてスマートかもしれないが、しかし、この台湾ぜんざいの魔法的な旨さよ。
夢中で食べているうちに喜びがどんどん膨らみ、僕はたまらず店のおじさんに感動をぶつけた。
「ハオチー(旨い)!」
おじさんは「謝謝」と言って笑った。
さらにカメラを見せ、「ニー、パイツァオ、カーイーマ(あなた、撮影、いいですか)?」と昔中国を旅したときに覚えた中国語の単語を並べて言うと、おじさんは具の入った9つもの容器の蓋をわざわざ全部開け、"容器に具を入れるポーズ"をとってくれた。
面白い。台湾は面白い。入国2日目に感極まったように湧き上がってきたこの衝動に、凍えていた体が芯から温められたのだった。
文・写真:石田ゆうすけ