道頓堀で178年の歴史を誇る「たこ梅」。おでんと燗酒で心も体も温まったら、締めに食べたいのはあの逸品──汁ものを肴に酒を呑むのが至福だという、作家の大竹聡さん。そんな大竹さんが、だし文化の聖地=大阪を呑み歩いた、dancyu3月号掲載の「大阪『汁呑み』紀行」。本誌誌面では収まりきらなかった「汁呑み愛」と、汁呑みにうってつけの「もう一品」を紹介するおかわり企画。短期集中連載の第一回は、関東煮(かんとだき)と上燗が名物の老舗で汁呑み、おかわり!
汁ものをつまみに日本酒を呑むのが好きで、酒好きの人と呑めばそんな話をしてきた。反応はさまざまで、「おお、私もそうだ!」とたちまち同意してくれる人がいるかと思えば、「へえ、酒も液体、汁も液体で、合うのかねえ」と訝る人もいる。けれど私は、断然合うと思うのだ。鍋物の汁、魚のあら汁、豚汁、けんちん汁、お吸い物に、おでん汁。鴨南蛮の抜きは言うまでもなく、たぬき蕎麦の残り汁も酒に合う。
そこでこの正月は、だし文化の本場・大阪を歩いて、汁もので酒を呑んできた。その時のことはdancyu本誌3月号掲載の記事にしたのだが、まだ、言い足りない。というより、その取材の時点で、出向いた5軒それぞれに、もうひとつの逸品と出会っているのだ。そこで、dancyuWEBではおかわり企画を掲載。本誌と合わせて、汁呑みの世界をご堪能いただきたく思います。
おかわりの1軒目は、「たこ梅 本店」。大阪は道頓堀の関東煮(=おでん)の老舗だ。ここのおでん鍋にグツグツ煮えるつゆには、日々炊いたおでんタネから出るうまみが沁み込んでいる。ベースはカツオだし。すごいのは、そこに具材にも使うクジラから取った、白濁しただしを加えていること。それを、店長・和田訓行さんの言葉を借りるなら「ボンボン強火で炊く」のである。
各種の練り物、野菜、豆腐にこんにゃく、さまざまのタネをごった煮風にグツグツやるから、開店時と閉店時でもおでんを煮る汁の味わいが微妙に異なるのである。この汁がタネに沁みている。クジラのサエズリ(舌)の場合、口に入れたその瞬間に、じわりと広がる。濃厚で甘く、容易にうまいと呟くことさえ拒むような深い味わいで魅了するのだ。そこに、錫のタンポで温めた上燗を、放り込むようにしてグイッとやる。うまいぞ、これは!無言の叫びである。
野菜類にも、だしは沁みている。強火でボンボン炊くと、野菜にどういう作用があるか。和田店長曰く、「だしはタネの外側によく染み込むが、芯のほうは、野菜そのものの本来のうまみを残す」。なるほど、言われてみると、じゃがいもも大根も、絶妙なだしの味わいの底のほうに野菜そのものが隠れていて、その印象は新鮮なのだ。煮込まれてクタクタになっているのではない。
その旨さの謎に思いを寄せていくと、ごく自然にうっすらと光を帯びた汁が注意を引く。皿を持ち、口元へ持っていき、ずるずるっと啜って、燗酒を呑む。抜群だ。汁だけで豊かな味わいをもたらすわけだから、汁好きの私などの場合、しばし、タネ要らずで酒、汁、また酒、という具合になる。
極めつきは、多くのお客さんに愛されている締めの逸品だ。これを忘れてはならない。汁かけご飯だ。
お茶碗に少な目のご飯、そこへおでん鍋から取り出した半丁の豆腐をのせ、おお!すかさずそこへ汁をかけるのである。ぱらりとふったシャキシャキの青ネギもろとも、魔法の汁のかかった豆腐と米をずずずーっとやるのである。あっという間で茶碗は空になる。なんだ?なんだったのだ、今喰った激しくおいしいあの汁かけ飯は……。しばし呆然。快い自失の中で、錫のコップに残った燗冷ましをグイッと呑み干す。
ああ、この店、明日も来たいと思わせる。汁の魔力、恐るべし。
*最新の営業時間など、詳しくは電話やHPで確認を。
文:大竹 聡 写真:渡部健五