世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
挽き肉と麺が調和する「担仔麺」|世界の挽き肉⑥

挽き肉と麺が調和する「担仔麺」|世界の挽き肉⑥

2022年2月号のテーマは「挽き肉が主役」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、挽き肉麺料理の代表格である担々麺に、少なからず不満を持っていました。しかし、台湾でその不満を解消するとある料理と出会いました――。

渾然一体とした麺料理

食の雑誌dancyuの特集に合わせ、挽き肉料理というテーマで書いているが、挽き肉+麺といえば担々麺。和歌山の田舎から都会に出て初めて食べたときはこんなに旨いものがあったんだ、となんだか体が熱くなったものだが、食べている途中からだんだん熱が冷め、淡々と食べていた。担々麺だけに。
いや、それが言いたかったわけじゃない。
ともあれ、今はそんなに食べない。おいしいんだけどなあ。いや最初の何口かはいいのだ。でも食べている途中で挽き肉が底に沈んで麺やスープと分離し、いつの間にか間延びしたような味になっている。最初のリッチな旨さが持続しない。その点、同じ挽き肉+麺でもミートスパゲティなんかは最後まで麺と挽き肉がからんでいて、冷める以外の味の低下はあまりないように感じる。

この担々麺の味の劣化問題が解消されている料理が、台湾にあった。
国民的料理のひとつ、魯肉飯(ルーローファン。醤油で甘辛く煮た豚挽き肉や豚バラをのせたご飯)をはじめ、小籠包や肉まんや水餃子等々、挽き肉料理を特に日常的に口にする国じゃないだろうか。
担仔麺(タンツーメン)という料理がある。台湾に通じている人にはおなじみの料理だろう。
発祥とされる台南市の名店「度小月」の入口には「百年老店」と書かれている。文字通り百年以上続く老舗だ。創業年と思しき「1895年」という文字もある。中華圏は老舗が少ないからか(もっとも、百年以上の老舗が3万以上もある日本が世界の中でも特異なんだけれど)、ことさらに古さをアピールする店が多い。
創業当時のものかと思うほどボロい鍋が、外から目につくように店の入口に据えられ、挽き肉が煮込まれている。担仔麺のオーダーが入ると、そのボロ鍋から肉味噌をすくって、ゆであがった麺にのせ、おろし大蒜、パクチー、茶色いスープをかけ、最後にエビをぽんとのせて、できあがり。一番の特徴はサイズだろう。非常に少量。器は茶碗より少し大きいぐらいのミニ丼で、一食にはとても足りない。もともとこの料理は天秤棒で売り歩かれていた小吃、つまりスナックなんだそうだ。

店内
台南市の度小月本店。肉味噌を煮ている鍋は老舗の矜持か。

食べてみると、エビの出汁がきいたスープ、コクたっぷりの肉味噌、大蒜やパクチーの芳香、それらが混然一体となって麺に絡んでいる。おろし大蒜が罪悪感を覚えるほど入っているのでパンチは強いが、スープ自体はあっさりしている。あっという間に完食。旨いけど、量が少なすぎてどうも釈然としない。満足感がない。なんてことのない料理だ。そう思ったのだが、何年後かに取材で台湾を訪れ、「度小月」の台北支店でもう一度担仔麺を食べたときは印象が変わった。味自体は同じだったが、元来こういうものだと思って食べるとそもそも落胆はなく、上がり目しかない。最初に興醒めした量の少なさは、実は美点、というよりなくてはならない要素だった。最後まで肉味噌が麺や他の素材と絡んで調和し、丼の中の一体感が続くのだ。麺+スープ+挽き肉という料理に適したサイズなのだとはっきり思った。そう、ラーメンに一食分を求める日本人の感覚を取っ払い、肉まんや焼売などの小吃同様、他の料理と組み合わせることを前提に食べれば、感じ方は一変する。量とバランスと調和、すべて計算されつくした、実に完成された一品なのだった。

ところで僕は担々麺発祥の地、中国の四川省には行ったことがないので経験からは語れないのだが、本場の担々麺は基本的に“汁なし”なんだそうだ。であればそもそも日本の担々麺のような味の劣化問題もないはず。サイズも小さいらしい。ならなおさらだ。
ついでにいえば、担々麺も天秤棒を担いで売られていた料理で、そこから担々麺の名がついたそう。台湾の担仔麺の名前の由来も同じだ。
両者の歴史に接点があるのかどうかはわからないが、もともと天秤棒で売り歩かれ、少量ずつ食べるものとして成り立った味だと知ると、なるほどねぇ、と顎をなでてしまうのだ。

文・写真:石田ゆうすけ 

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。