カウンターで一人で酒を呑んでいる客もいれば、座敷で家族連れが食事をしている……そんな町鮨で出会った太巻きは、贅沢で、ほっこりする味わいでした。
子供の頃、自営業であった父親は毎日夕方になると近所の鮨屋に行っていました。とはいえ、鮨を食べることはほぼなく、刺身などをつまみに酒を呑みます。同じような常連たちが同じような時間に顔を揃えては、世間話をしたりテレビの大相撲中継を観ながらゆったりしている。そんな集会所のような空間でした。夕食の時間になると、母親が「お父さん呼んできて」と言い、僕は鮨屋に行って「ごはんだよ」と父親に伝えます。すると「ちょっと食べてくか?」と僕をカウンターの椅子に座らせて「ほら、アジのたたきだ」などと“大人のつまみ”を食べさせてくれました。そんな空間が僕の鮨屋の原風景になっています。
帯広の「辰巳寿司」に入ったときに、ふと、その風景が蘇りました。カウンターには一人で静かに呑んでいるおじさん、仕事仲間とおぼしき二人が時折店主と笑顔で会話しながら酌み交わしています。座敷には賑やかな家族連れがいて、握りや巻物を嬉しそうに頬張っています。とてもいい空気が流れていました。
地元の友人に連れて行ってもらったのですが、注文はとてもシンプル。「刺身盛り合わせと辰巳巻き、お願いします!」
ほどなく運ばれてきた刺身盛り合わせは、マグロ、ホタテ、タコ、タチ(白子)、ホッキ貝などの魚介が10種類ほど、大皿にのっていました。奇を衒うことのない素朴な見た目でしたが、どれも程よく、美味しい。酒が進みます。
そして登場したのがお店の名物、“辰巳巻き”。マグロ、カニ、ウニ、卵焼きなどがギュッと詰まった太巻きで、味わいのバリエーションや酢飯とのバランスが絶妙!食べ応えがたっぷりあるのですが、いくらでも食べられる感じだし、大人も子供もみんなが好きな美味しさ(われわれは酒のつまみとして食べていましたが)。
鮨は高級な魚介を使えばいいというものではなく、タネと酢飯と仕事のバランスがよいことこそが美味しさであること、町鮨ならでは居心地の良さがあることを改めて感じた夜でした。
写真・文:植野広生