プロが調理道具や食器などを仕入れに行く東京・合羽橋道具街。時折訪れた際に行く食堂があります。時間が止まったような穏やかな雰囲気の中で食べる食事は心も穏やかにしてくれます。久しぶりに行っても何も変わらず、ほっと安心しました……。
浅草にも近い合羽橋道具街には約170の専門店が立ち並んでいます。食器、厨房機器、製菓用品、中華料理の料理道具、蕎麦打ちの道具、箸、パッケージ用品、コックコートやユニフォーム、食品サンプルなど、さまざまなジャンルの専門店が建ち並び、ここに来れば飲食店に必要なものが全て揃います。
僕も、かつては知り合いが店を開くときの仕入れに一緒に来たり、撮影用の器や道具を買いに来たり、あるいは自分が欲しいものを買いに来たりと時折訪れています(BSフジ「日本一ふつうで美味しい植野食堂」の番組ロケでも訪れ、中華包丁と中華鍋を自分で買いました)。買わなくても、いろいろなプロの道具を見て回るだけでも楽しいのです。
合羽橋にはだいたい午前中に行くので、あちこち回って落ち着くと昼時になります。そんなときの昼食は「ときわ食堂」です。東京にはこの店名の食堂がいくつかありますが(のれん分けなどの同系列)、合羽橋・ときわ食堂は昔ながらの雰囲気が最も残っている店です。
実は数年ぶりに訪れたのですが、扉を開けて中に入ると、店内の様子も品書きもお客の雰囲気も、優しいお母さんたちもまったく変わっていませんでした。世間の雑踏とは関係なく、ここだけ時間と空気が穏やかに止まっている……。
壁に貼られたお品書きを見て、おかずを組み合わせて定食にするか、丼物で行くか、カレーにハムエッグを付けるか……と悩むのですが、この日はフライが食べたくなって「キスフライ、ポテサラ、しらすおろし、ご飯と味噌汁をください」と注文しました。すると、「フライはキスだけでいいの 2枚つくから1枚はアジフライに替えようか?」とお母さん。
この優しさも味わいです。運ばれてきたキスフライとアジフライも、衣がしっかりついて食べ応えがあり、とはいえ魚も衣も目立ちすぎることがない。何の変哲もないけれど、何の過不足もない、毎日食べたくなるような味。どんどん進化する料理も素晴らしいけれど、長年同じものを同じようにつくり続ける素晴らしさをしっかり頂きました。
写真・文:植野広生