世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
「プーさん」がつくってくれた絶品甘辛煮|世界の家中華④

「プーさん」がつくってくれた絶品甘辛煮|世界の家中華④

2022年1月号のテーマは「新しい家中華」です。旅行作家の石田ゆうすけさん曰く、海外の主要都市には、旅をする日本人が集まる宿がちらほらあるとのこと。アフリカのジンバブエにもそんな宿があり、心に残る体験をしました――。

豪華な砂糖使い

世界の主要な都市や有名な観光地には往々にして日本人がたまる安宿がある。
海外に出てまで日本人とつるむことをよしとせず、この手の"日本人宿"には泊まらない、と公言する意識の高い旅人も少なくない。僕は下等なので好んで泊まる。もっとも、自転車で旅していて、普段は現地の人とばかりめちゃくちゃな現地語で会話しているから、1ヵ月やそこらぶりに主要都市に着いたら休養したいし、日本語もしゃべりたい、という口実が一応あるにはある。

アフリカ、ジンバブエの首都ハラレにも日本人宿があった。
ちょっと前に武装強盗が押し入り、日本人たちから金品を強奪する事件があったらしい。セキュリティなんかあってないような宿だ。日本人がたむろしているという情報も漏れている。そんな宿に泊まるのは賢い選択とは思えなかったが、行ってみると意識の低い日本人旅行者たちが大勢いた。これまで会った人もいれば初めての人もいる。みんなとすぐに仲良くなって共同で自炊を始め、合宿のような雰囲気になった。

宿には日本人以外にひとり、中国人のおじさんがいた。くまのプーさんのようなルックスで、ほんわかした人だ。彼は英語が苦手だったし、この時は僕を含め誰も中国語を話せなかったので、意思疎通が難しかったが、朗らかな人柄のプーさんはみんなから親しまれ、僕らの"合宿メシ"にも自然と加わって肉じゃがや親子丼や野菜肉炒めを一緒に食べるようになった。
そんな共同生活を1週間ほど続けたあと、プーさんは「明日出発するから、今日は私がつくります」といったようなことを言った。

彼はスーパーで手羽先をどっさり買い込んできて、大蒜や生姜と共に大鍋で炒め始めた。味付けは基本、醤油と砂糖のようだが、砂糖の量にギョッとした。手羽先の量の半分ぐらい、というと大げさに聞こえるが、でもそれぐらい投入された印象がある(記憶が強調されているかもしれないが)。
「......砂糖こんなに入れるんですか」と思わず聞いてしまった。プーさんは余裕の笑みを浮かべ、「そう、これでいいんです」と言う。いつもニコニコしているプーさんにしては意外なほど迷いのない口調だった。
さらに彼はトマトとキャベツのスープもつくった。ぽってりした体型からは想像できないほど手際もいい。

鍋で炊いたご飯とともに料理が並べられた。まずはスープをすすってみると、あっさりしていて、あれ?――簡単につくったように見えたけど、滋味があとからあとから広がってくる。
「手羽先の甘辛煮」は見た目がやけにテカテカと照っていて、砂糖が飴状になったような様子だ。食べてみると、またしても、あれ?と思った。なんだかやけに旨いぞ。手羽先のコクと大量の甘味が溶け合って、何か別の味が生まれている感じがする。

ハラレは大都市だが、アジアの食材はやはり豊富とはいえず、限られた調味料で僕らはあれこれ工夫を凝らしていて、それはプーさんも同じだった。つまり材料は変わらないのに、僕らの料理とは根本的に違う、完全に中華の味、もっといえばプロがつくる本格中華のような味になっていたのだ。料理の方法や法則が違うのだ、とはっきり感じた。プーさんがドサッと入れていた砂糖、日本人は普通あんなには入れない。自分には絶対に出せない味だ。そっか、こんなやり方もあったのか。窓が開いて新しい景色が見えたようだった。手羽先の照りやまろやかな味を思うと、油も相当入れたのだろう。中華に限らず、海外では概して油の使用に遠慮がない感じがする。

言葉の問題で詳しくはわからなかったが、どうやらプーさんは過去に調理の仕事をしていたらしい。よかれと思って誘い、毎晩一緒に食べていたが、僕らの合宿メシを思うと急に気恥ずかしくなってしまった。プーさんは僕らがワイワイ調理している様子を見て、最終日の今日まで自分がつくるとは言い出せなかったのかもしれない。
翌朝、プーさんはみんなに見送られて旅立っていった。

何気ない出来事だったが、あれ以来、砂糖の加減に以前のような躊躇がなくなり、僕のつくる豚の角煮は甘味に加え、"厚み"のようなものが増えた気がする。妻は喜んで食べてくれる。
もっとも、炒め物に入れる油には今もブレーキがかかって、やっぱり控えめになってしまうんだけれど。

文・写真:石田ゆうすけ 

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。