dancyu本誌から
群馬発、まじめな瓶詰と夫婦のお話<前編>

群馬発、まじめな瓶詰と夫婦のお話<前編>

12月号「おいしい取り寄せ」特集のトップバッターを飾ったのは、東京・西荻窪で愛されたトラットリア「29 in bottiglia(ヴェンティノーベ イン ボッティーリア)」を営んでいた竹内さん夫妻の、ピュアな味わいの瓶詰。食いしん坊たちを感動させるその美味は、どうつくられるのか?瓶詰づくりの1日と、つくり手夫婦の物語を、誌面に収まりきらなかった分まで余さずご紹介します。

びっくりするほどおいしい、瓶詰があります。

瑞々しいとか、フレッシュという感想を、瓶詰に対して持ったのは初めてかもしれない。しかし、「29 in bottiglia(ヴェンティノーベ イン ボッティーリア)」の瓶詰の味わいを一言で表すなら、それがいちばん、しっくりとくる。

瓶詰
写真:牧田健太郎

群馬県の豊かな土地で育まれたさまざまな野菜や果物を、ピクルスやオイル漬け、ポタージュやジャムなどに仕立てた瓶詰は、“保存”を目的につくられるものとはベクトルが違う。瓶から出してそのままぱくぱく楽しめる穏やかな塩気や甘み、風味のよさが身上だ。

瓶詰
写真:牧田健太郎

にんじんの甘さとほっくりした生落花生のコントラストが楽しいマリネ、もくもくと立ち上るスモーキーな香りまで閉じ込めた舞茸の炭火焼きに、ジューシーないちじくのコンポート。品種も色もとりどりに入った唐辛子オイルは、すっきり爽快な辛味がどんな料理にも大活躍する。

大好きなこの瓶詰が生まれる現場を見たいと、10月のある一日、群馬を訪ねたのだが、その前にまず、店主の竹内悠介さん、舞さん夫妻の話をしよう。

西荻窪で愛されたトラットリアを閉め、故郷である群馬・川場村へ。

竹内悠介さん、舞さん夫妻
竹内悠介さん、舞さん夫妻。悠介さんは料理修業で、舞さんはアクセサリーのデザインを学ぶ留学で、ともにイタリア・フィレンツェ滞在中に出会った。

2人は昨春まで9年間、東京・西荻窪でイタリア料理店「trattoria 29」を営んでいた。イタリア・トスカーナなどで研鑽を積んだ悠介さんが料理を、アクセサリー作家としても活動する舞さんがサービスを務める小さな店は、いつ訪れても明るく温かな空気に満ちていた。ビステッカや鶏バターなど自慢の肉料理はもちろん、名物のボロネーゼをたっぷりと絡めた手打ちパスタに、とりどりの野菜が使われた前菜も、思わず笑みがこぼれるおいしさ。遠くから訪れる人も多い人気店だが、地元の住人からも愛される店だった。

入居する建物の取り壊しに伴い閉店が決まったときは、「また戻ってくるよね」と、みんながそう信じていたと思う。が、考えに考えた2人は悠介さんの故郷、群馬県川場村にUターンして新しい店をつくることを決意した。ひとまず隣の沼田市内に家を借りて移住、川場村に新店舗兼住居を建てる土地も決まり、少しホッとしたタイミング。オープンまでは当分時間もかかるし何かしようと、以前から興味があった瓶詰の販売を始めたのは昨年8月のこと。

群馬県北部
川場村や近隣の高山村、片品村など、おいしい食材を育む土地に恵まれた群馬県北部。都心からも車で2時間ほどで行ける。

悠介さんが育ったのは、ネイチャーガイドをしているお父さんが1人で数年かけ、電柱の廃材を組み立ててつくった山の家。子供の頃は野山を駆け回る自然児だった。周囲は食材の宝庫。とれたての野菜や山菜を使い、料理上手のお母さんが腕を振るってくれた。食いしん坊になるのは必然であろう。やがて料理人となった悠介さんは、「いつかは故郷にレストランを出し、この素晴らしい環境の中で料理をつくりたい」、そう夢を思い描いてきた。瓶詰づくりは、その夢がいよいよ実現に向かう過程で、悠介さんが子供の頃から当たり前に親しんできた豊かな実りの記憶を、もう一度、自分の中へ呼び覚ますために大切な仕事となった。

瓶詰づくりの一日は「道の駅」から始まる。

2人を訪ねた日。午前中は食材の仕入れに回ると聞いて最初に待ち合わせたのは、川場村の「川場田園プラザ」。関東一の来客数を誇る道の駅で、週末ともなれば入場制限をするほど人であふれかえるという大人気スポットだ。併設するファーマーズマーケットは、料理好きならアドレナリンが出まくること間違いなしの品揃え!

川場田園プラザ

「周辺地域の農家さんたちが持ち込んだ野菜や果物がずらっと揃うので、まめにチェックしに来ます」と悠介さん。「こっちに移住してきて初めて知る野菜もいろいろあって。あっという間に旬が通り過ぎていくのでうかうかしていられません」と舞さんが笑う。瓶詰の内容が2週間に一度、がらりと変わるのは、“畑のいま”を逃すことなく詰め込んでいるからに他ならない。

野菜

瓶詰づくりを始めた頃は、こうした直売所などを中心に仕入れをしてきたが、続けるうちに、若い世代の生産者たちと直接に繋がる縁も増えていった。

生産者との会話が、瓶詰をおいしくする。

次に訪ねたのは、川場から車で30分ほどの高山村にある「農園花笑み」の渡辺藍さん。地元の有機農業家のもとで2年研修した後、独立して3年になる。頼んでおいたかぼちゃとマコモダケをピックアップしつつ畑を見せてもらうと、あらゆる種類の作物がぎっしり、わさわさと生えていて、素人目には何が何やら。

「80種類はありますかねえ。食べてみたい!と思ったものは、とりあえずなんでもつくっちゃうんです。それが店で食べられたり商品になるのは本当に幸せなこと」。“花笑み”とはまさに藍さん、と言いたくなるような明るい笑顔。「あ、これこれ、レモンバジルですよ」。藍さんの手招きに駆け寄った2人は「いい香り! これ、次のピクルスに入れてもいいんじゃない?」「そうだね、やってみよう」と即決。その場で分けてもらった。

農園花笑み
「いまは何もないけれど」と畑を歩きつつ、「フェンネルの花使います? ルバーブもまだ少しありますよ」。次々とハーブや野菜が現れる、「農園花笑み」渡辺藍さん(左)の畑。

最後に立ち寄ったのは、同じく高山村の「キミドリファーム」。代表の平形清人さんはカナダでヘンプシードを扱う企業で働いた後に帰国し、故郷で就農。地元野菜の高山きゅうりやにんじん、ビーツなどをつくっている。

キミドリファーム
「キミドリファーム」平形清人さんと、しばしビーツ談義。「夏の長雨で生育を心配したけれど、ここ最近の夏みたいな暑さは、ビーツにとってはよかった」。

今日のお目当ては、ピクルスに使う黄色いビーツ。畑を見渡しながら、「手前は黄色いビーツ、奥には赤いビーツが植わっています」と平形さんが説明してくれたが、んん? ぱっと見はまったく同じ。どうやって見分けをつけているの? と思っていたら、葉をかき分け、茎を見せてくれた。なんと、黄色いビーツの茎は黄色。赤いビーツの茎は真っ赤なのだ。

赤いビーツは、茎から葉脈まですべて赤い。黄色も然り。

スーパーマーケットで買い物をしているだけでは気づかない、美しい姿。10月にしては暑すぎるくらいの陽に照らされて、鮮やかな茎がますます輝いて見えた。

育てた野菜が瓶詰になったときは、悠介さんが完成品を持参し、料理をしてみての感想や、お客さんからの声なども伝えてくれるのだという。「高山村は有機農業に携わる人が多く、若い就農者も増えています。ふだんは箱に詰めて出荷するというワンパターンになりがちだから、完成したものを食べられるのもうれしいし、反応を返してもらえるのは、すごく励みになる。自分が食べたい、おいしいと思えないものは、つくれませんから」と平形さん。

黄色いビーツ
「黄色いビーツは赤よりさらに甘みが強いと思う」と悠介さん。このビーツは後日、ハヤトウリと一緒にレモンバジルの香りを添えたピクルスになった。

「さあ、では家に戻って仕込みに取りかかりましょうか!」。小さなひと瓶の中には、たくさんの人の夢や想いも詰まっていることを実感しながら、作業場兼自宅へと車を走らせた。

(後編へ続く……)

文:鹿野真砂美 撮影:山田薫

dancyu2021年12月号
dancyu2021年12月号
特集:おいしい取り寄せ

A4変型判(160頁)
2021年11月06日発売/ 900円(税込)
鹿野 真砂美

鹿野 真砂美 (ライター)

1969年東京下町生まれ。酒と食を中心に執筆するフリーライター。かつて「dancyu」本誌の編集部にも6年ほど在籍。現在は雑誌のほか、シェフや料理研究家のレシピ本の編集、執筆に携わる。料理は食べることと同じくらい、つくるのも好き。江戸前の海苔漁師だった祖父と料理上手な祖母、小料理屋を営んでいた両親のもと大きく育てられ、今は肉シェフと呼ばれるオットに肥育されながら、まだまだすくすく成長中。