2021年12月号のテーマは「おいしい取り寄せ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんに特集のテーマに沿って、海外でのエピソードを紹介してもらう本企画。今回の「取り寄せ」はなかなか難題のようで――。
食の雑誌dancyuの特集に沿って、海外での体験を語るというこの連載、今月のお題は「おいしい取り寄せ」だ。
......また難題な。海外で食べて旨かったから自宅に取り寄せる、という人はさすがにあまりいないんじゃないだろうか。店も海外発送なんて対応していないだろうし。
そもそも旅の感動は家では再現できないと思う。縁やタイミングなど、すべてが合致してその味と出会い、感動が生まれるのだから。
それに、お酒で顕著だけれど、現地で飲んで気に入ったものを土産に買って帰り、家で飲んだらさほどでもなかった、ということは本当によくある。酒も料理も現場で味を仕上げていくから、自ずとその地で味わって最上になるようにできるんじゃないだろうか。気候や空気が違えば当然、味わいも変わる。
ともあれ、このお題には最初から匙を投げ、「今月は無理ですわ~。連載通じて初の敗北」と編集者にメールしようと思ったら......あった。いや、厳密には「お取り寄せ」ではないけれど、それに近いことが。
世界自転車旅行を7年半かけてやり、帰国したあとも定期的に未訪の国を訪ね歩いているのだが、その最初の訪問地となったのは台湾だった。メシが旨いと旅仲間からさんざん聞いていたからだ。
今では同国でも大人気の「環島(ホァンダオ)」、つまり台湾一周約1000㎞を自転車で走りながら、「台湾一の感動メシを探す」というテーマを掲げた。自転車は食べ歩きには理想的な移動手段なのだ。常に腹が減るのでおいしく食べられるし、食べたそばからエネルギーを燃やすからカロリーを気にしなくてもいい。1日3食では足りず、5食も6食も食べるから、より多くの店を味わえる。
噂通り台湾のメシは平均値が高かった。中国よりも味付けがあっさりして奥深く、食傷することがまったくなかった。
感動したメシを挙げればきりがないが、食べた瞬間、僕のテンションが最も上がったのはおそらく、新竹という町の老舗「黒猫包」の肉まんだ。
たまたまその近くを通りがかったとき、行列を目にした。持ち帰り専門店のようで、多くの客が両手いっぱいに手提げをぶら下げて店を後にしている。ひとりで10個パックを、2、4、6......なんと8つ、80個!
遅い昼飯を食べたあとで腹は減っていなかったが、列に並んだ。
15分ほどで自分の番が来た。70個も80個も買う人を尻目に、肉まんを1個注文する。1個が僕の手にのせられる。ずっしりと重い。列から離れ、かぶりつくと、えっ?とかじったところを凝視した。中の具がまるで肉団子だ。みっちり詰まった挽肉の塊が生地から顔を出し、黒蜜のような色の濃いスープが肉塊と生地の隙間にたっぷり溜まっている。まるで小籠包だ。たまらずもうひと口かじる。さらにひと口、またひと口、あっという間に完食。
「あかん!」
再び列に並び、15分ほど待って肉まんと粽を1個ずつ買った。それらを食べ終えると、「......いかん」とまた並んだ。バカか俺は、と呆れつつ、しかし食べ進めるほどに興奮が募り、"あとひと口"を食べずに立ち去ることがどうしてもできなかったのだ。
しかもそれでは終わらなかった。台湾一周を走りきり、台北に帰ってくると、帰国直前にもう一度肉まんを食べに電車で新竹に向かったのである。
この旅を『台湾自転車気儘旅』という本にまとめた。
出版後、何度かトークライブをやったのだが、あるときひとりのお客さんが僕に紙包みをプレゼントしてくれた。聞けば、彼女は年に何度も台湾を訪れ、地方の檳榔スタンド(わかる人にはわかる)の研究に精を出すなど、かなりディープな台湾フリークのようだ。そんな彼女が拙著を読んで、「黒猫包」に行き、「こんな肉まん食べたことがない!」と感激したらしい。それで冷凍を購入し、わざわざ土産に持ってきてくれたというのだ。
なんてうれしいサプライズ。ありがたく頂戴し、家で蒸して食べてみたら......いや、食べる環境とか空気とか全然関係ないですね。圧倒的に旨いものには。
文・写真:石田ゆうすけ