「酒を出せない酒場たち」~いつかまた、あの店で呑もう!~
コロナ禍を通じて、酒場の存在意義を確認できた──銀座「Bar たか坂」

コロナ禍を通じて、酒場の存在意義を確認できた──銀座「Bar たか坂」

銀座二丁目に佇む、ビルの6階。昼下がりから夜まで、とびきりに旨い酒を飲ませるバーがある。この店もまた、長く店を開けられない日々を送っていた──かつてない苦境に立たされる酒場の人たちは、どのような思いでこの日々を乗り越えてきたのか。さまざまな店への取材を通して、「酒場の良さってなんだろう?」とじっくり考えていくルポルタージュ連載。第十四回は、愚痴をこぼさず、笑顔で苦難を乗り越える、銀座のベテランバーテンダーに会いに行きました。

緊急事態宣言が解除された10月。心配された感染のリバウンドは抑えられ、25日からは、東京や大阪など大都市の時短制限もなくなりました。いよいよ、本格的な解禁です。酒類の提供自粛要請が出された夏の記憶もまだ鮮明ではありますが、酒場は開き、客は、ゆっくり酒を飲むことができるようになった。酒を出すことができない間に、酒場の主たちは何を考え、どう過ごしてきたのか。その間には、コロナ禍を通じて改めて酒場とは何なのかと問うこともあったと推察します。これはまた、飲み手にとっても大きなテーマ。自分の好きな酒場とはどういったところか。そんなことを見つめなおす機会を与えられた。

だからこそ、気の置けないあの店で、休みの間の話をしながら、じっくり、ゆっくり、時間を過ごす。まずは、そこから始めたい。そんな思いで足を向けましたのが、銀座の「Bar たか坂」です。

酒棚

いちばん怖いのは、お客さんの信用を失うこと

銀座二丁目。小ぢんまりとしたビルの6階に「Bar たか坂」はあります。エレベーターの扉が開き、箱から外へ出ると、店のドアは開け放たれていた。そのまま中に入る。いつものように、オーナーバーテンダーの高坂壮一さんがにこやかに迎えてくれます。

伺ったのは9月28日。月の明けた10月1日金曜日から、東京では時短営業の条件付きで酒場が酒を出してもよいようになると、方針がほぼ固まった頃です。

カウンターが8席、2人掛けのテーブル2卓だったが、そのうちテーブル1卓を外し、カウンターも8席から2席減らしている。本来なら混みあえば入口からの通路にあたるスペースで、スタンディングで飲む人もいるという人気店だ。

「お元気ですか。さすがに、長い休みでしたねえ」

日頃の営業のときとまったく変わらない、高坂さんの落ち着いた話しぶり。さすが、ベテランだなと思わせます。

オーナーバーテンダーの高坂壮一さん
オーナーバーテンダーの高坂壮一さん。

高坂さんは、銀座・三笠会館の「Bar 5517」で修業を積んだ。その当時のお師匠さんは、名バーテンダーとして知られた稲田春夫さん。名人と呼びたくなる職人気質のバーテンダーだった。入社3年目となる1990年から師匠の下でバーテンダー修業をした高坂さんは、稲田さんの片腕として人気を集めた。その後、「Bar 5517」支配人兼チーフバーテンダーを経て、2018年4月、現在のお店を開いて独立しています。

オープンからちょうど2年が経過した2020年4月。緊急事態宣言が発出された。

「当初は、バーは、クラブ・バーという業態に分類されていて、営業停止の対象だったんですね。だから、うちも、4月から休業しました。それ以来、行政からの要請どおりにやってきましたが、最初に休みを取ったとき、実は楽しみだったんですよ。就職以来ずっと飲食の世界にいますから、こんなに長くお休みを取ったことがない。だから、最初、嬉しかった。休業も2週間くらいで終わるんじゃないかと、軽く考えていましたからね。それが、1ヶ月になり1ヶ月半になると、だんだん不安になってきました(笑)」

その後、最初の緊急事態が明けた後、バーは、居酒屋などと同様に、飲食店の分類に入り、酒の提供ができるようになった。今年、1月からの緊急事態宣言中には時短営業で対応。しかし、4月下旬から事態はまた一変したのです。

「酒の提供禁止。正直言って、そう来たかと思いましたね

酒を出せなければ、料理の一切を出さないバーでは、営業のしようがない。3周年を内々で祝うこともできないまま、やむなく、休業に入ったようです。

クローズのかかったドア

「反対意見を出すのは容易ですが、僕は、お客さんとの信頼関係がいちばん大事だと思いました。仮に、店を開けたとして、営業してくれてよかったよと言ってくれる人は、あまりいないんじゃないかと思いました。ほとんどの人は、あの店は要請を無視するのか、という具合に見る。そんなふうに思えたんです。いちばん怖いのは、お客さんの信用を失うこと。お客さんとの約束は絶対だからこそ、信用を失うようなことをしてはいけないと思いました。だから、休むしかない。従うしかなかったわけです

明るく語る高坂さんだが、胸の裡(うち)には心配も詰まっていた。

「考え出したら、すごく不安になります。悩んでしまう。入ってくるお金が止まれば、店を閉めている間、固定費が出ていくばかり。通帳の残高は少しずつ減っていく。協力金が出ても、どうしてもアシが出てしまう。それでも、休むと決めたら、それなりに楽しむしかないと考えました。下を向いても仕方がないから、毎朝9時には銀座に来るようにしています。夕方帰って、フルタイムで働いている奥さんのご飯つくって待っています。家と銀座との行き帰りは、歩いても片道小一時間なので、歩くことも多いですよ。歩けば気もまぎれるし、考えもまとまります。その中で、新しいメニューを考えたりする時間の使い方も覚えました」

カウンターと椅子

高坂さんは現在、ひとりでこの店を切り盛りしています。「従業員がいない分、自分は気楽ですよ」と笑う。けれど、ひとりでいれば、行き詰まってしまうこともあるだろう。愚痴を聞いてくれる人もいないのだからと、そんな話を向けると、高坂さんは笑って即答した。

僕は、愚痴は言わないんですよ。言霊みたいなことだと思う。口に出したことが、実際のことに影響する、そんなことがあると思っているから。人の悪口も、言えばその分、自分に返ってきますよね。だから、辛い、大変だ、という話はあまり好きじゃないし、自分自身にも言わないわけです」

誰かのせいにしたり、世の中を恨んだり。そんなことはしない。与えられた今の環境の中で、自分にできることを探し、楽しむ。そうすれば、自ずと次のページを開くことができる。高坂さんの笑顔や柔和な語り口が、そういうことを教えてくれるようです。

酒棚をバックにオーナーバーテンダーの高坂壮一さん

他の店でなく、「Bar たか坂」へ行こうと思わせる何か

そして、高坂さんは、4月下旬からの2ヶ月近くに及ぶ休業期間に、新メニューを考案したのです。

「焼酎には“前割り”という飲み方があります。事前に水で割っておいたものを翌日に飲むスタイルです。あれをウイスキーでやってみようと思いました。僕自身、この10年くらいを考えれば、ハイボールばかり飲んできました。世の中も、今はハイボールのお客さんが多いですね。だからあえて、水割りで新しいものを出そうと考えたんです

手書きのメッセージ

さまざまなウイスキー、水を取り寄せ、高坂さんは、自宅で試行錯誤を重ねます。ウイスキーはミネラルウォーターとの相性はよく、水を加えることで香りが開く特徴がある。もちろん、味わいもマイルドになっていく。その加減は、何日目がいいのか。水に馴染ませ、熟させるような塩梅で、このベストなタイミングを見ていく。そして高坂さんは、ひとつの結論を得たのです。

「サントリーの『山崎12年』を1に対して、国内採水のミネラルウォーターを3の割合で調合します。もうひとつは、スコッチの、スモーキーフレーバーのあるシングルモルト『ラフロイグ10年』を1に対して、イギリス南部ハンプシャーのHILDONというミネラルウォーター2の割合で調合します。日本のウイスキーには軟水、スコッチには中硬水がよく合うようですね。寝かせる日数もいろいろ試しました。1日、3日、5日と経過を観察していくと、10日~14日あたりがピークで、それを超すと酒のうまみが抜けてくる感じがある。だいたい、10日くらいからが飲み頃ですね。それをよく冷やしておいて、ちょうど冷酒を飲むときのようなグラスに注いで、冷たいまま、召し上がっていただきます。6月に営業再開したときにお出ししたら、喜んでもらえました」

グラス
しっかり冷やしたグラスに……。
ペットボトルを持つ高坂さん
独自の調合を施して寝かせた“前割り”を注ぐ。

客層は20代から80代と幅広いが、中でも40代から60代がメイン。おいしいウイスキーの魅力を知る人も少なくない。そのお客さんたちの舌に訴えかけた前割りのウイスキー。今後、この店のひとつの看板になることでしょう。

6月の時短営業再開のとき、高坂さんは思ったことがある。

「みなさん、外で飲むのが久しぶりだから、嬉々としてお酒を召し上がっていた。その姿を見るのは、私としても、とても嬉しかった。それから7月にまた休業して、9月いっぱいまで休んだわけですから、今は逆に、常連さんの好きな飲み物や銘柄を忘れてないか、心配ですよ。まあ、すっと出てこなかったら、忘れました、何でしたっけって、聞いちゃえばいいかと思っています(笑)。コロナ禍を通じて、酒場は重要なものなんだなという思いを強くしました。酒場の存在意義を再確認できた

話す高坂さん

「そこで今、改めて思うのは、バーというのは、そこで何を飲むかよりも、誰と飲むか、ということです。かつて、三笠会館の『Bar 5517』に勤めていたときに、部下たちに、こんなことを言っていました。あの店のナニがうまい、ではなく、あの店の良さは、行けばわかるものだよと。お客さんにそう思ってもらえるような店になろうと。とても抽象的な話ですが、その何かがなくなると、バーの魅力はなくなってしまうと考えていました。その考えは、変わらないということですね」

そう。常連さんは、「Bar たか坂」の酒を楽しみしている。それ以上に、この店で、高坂さんとの会話を楽しみながら時間を過ごすことを、大事に考えている。

他の店でなく、「たか坂」へ行こうと思わせる何か。それは、出かけてみれば、わかるもの……。高坂さんの話を聞きながら、筆者も、そんな思いを新たにいたしました。

ステンドグラス
額写真
話す高坂さん
消毒用アルコール
椅子
グラス

そして、10月28日。高坂さんのもとを訪れてみました。営業は午後2時から。お客さんは次々にやってきて、みなさん、楽しそうに、ゆったりと、午後の酒を楽しんでいた。

ウイスキーの前割りも、もちろんいただきます。どちらも、抜群。このうまさ、この発見の秀逸さは、やはり、行ってみて、味わって初めてわかるもの、と申しておきましょう。

オーナーバーテンダーの高坂壮一さん

*最新の営業時間など、詳しくは電話やHPで確認を。

店舗情報店舗情報

Bar たか坂
  • 【住所】東京都中央区銀座2‐4‐19 GINZA SENRIKEN 6階
  • 【電話番号】03‐6228‐7087
  • 【営業時間】14:00~22:00(L.O.) 
  • 【定休日】月曜 他に不定休あり
  • 【アクセス】東京メトロ「銀座一丁目駅」より徒歩1分

文:大竹聡 写真:衛藤キヨコ

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。