世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
熱いものがこみ上げてきた「肉骨茶」|世界の豚汁

熱いものがこみ上げてきた「肉骨茶」|世界の豚汁

2021年11月号の第二特集テーマは「豚汁」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、自転車世界旅行の終盤にシンガポールを訪れました。その時食べた「肉骨茶(バクテー)」はなぜか熱いものがこみ上げてくる味わいで――。

旅の終わり

dancyu本誌の今月の第二特集は豚汁。いつものようにこの料理の海外でのエピソードを書こうと思うのだけれど、今回はかなり難しい。味噌汁ですら似たような料理は、お隣韓国にテンジャンクというものがあるぐらいで、それ以外は海外では目にすることもなかった。いわんや豚汁をやだ。

そこで無理やり「豚汁=豚のスープ」と拡大解釈してみると、パッと頭に浮かぶのはマレーシアやシンガポールのバクテーだ(トップ画像はマレーシアのバクテー)。漢字だと「肉骨茶」と書く。豚の骨付き肉を生薬とともに煮込んだスープ料理で、貧しい出稼ぎ労働者が解体後のわずかに肉の残る骨でつくったのが発祥といわれ(諸説あり)、スープを白飯にかけながら食べる。お上品とは言えない作法だが、“味噌汁かけご飯”に幼少期から親しんでいる日本人には馴染み深い食べ方だろう。

シンガポールに入ったのは自転車世界旅行の終盤、日本を発ってから7年目のことだった。
アラスカを皮切りに、北中南米→ヨーロッパ→アフリカとまわり、最後はロンドンから日本に向かったのだが、ミャンマーが当時陸路では入れなかったため、ネパールからは飛行機、電車、バスを乗り継いで一気にシンガポールへと“ワープ”した。
シンガポールはユーラシア大陸最南端だ。もっとも、同国は島なので、厳密にいえば“大陸”の最南端はシンガポールのすぐそば、マレーシアのタンジュン・ピアイという岬になるのだが、ま、とにかく、南の端っこから日本を目指そうと考えたのだ。

ネパールからシンガポールへのワープは、予想よりも変化が大きく、ちょっと呆気に取られてしまった。異国情緒あふれるディープな世界から、ビルが立ち並ぶつるんと小綺麗な世界へ、という変化もさることながら、牛丼屋、居酒屋、ファミレスといった日本でお馴染みの外食チェーンがあちこちに立っているのだ。急に現実に引き戻されたような気持ちになり、旅が終わった、とさえ感じた。

冷やかしに日本の某バーガーチェーンの看板バーガーを食べてみると、特にこれといった感慨もわかず、気付けば淡々と口に入れていた。何か出来合でも食べているような味気無さだった。和歌山の田舎から都会に出て初めてこれを食べた時は、世の中にこんな旨い物があったのか、と感動したんだけどなぁ……。

浮かない思いで下町を散策し、安宿に投宿した。
「肉骨茶」という看板を掲げた店がそこここで目についた。字面が妙に気になる。
夜になってからそのうちの一軒に入ってみた。
想像したとおり、骨付き肉のスープだった。まずはスープを飲んでみると、八角やシナモンなど薬膳の香りがする。胡椒もきいていた。肉はスプーンで簡単に骨からはがれ、口に入れるとホロホロ崩れていく。まわりの客がやっているように白飯にスープをかけて食べてみると、はあ、と思わずため息が出た。しゃばしゃばの汁とごはんの粒が交じり合ったこの感覚……幼少期に還っていくような温かさ……自分のルーツとする世界に、7年かかってやっと帰ってきたんだ……。

恍惚としたあと、なんだかおかしくなってきた。
日本のバーガーも、このバクテーの汁かけごはんも、どちらも懐かしい味わいのはずなのに、かたや「旅が終わった」と冷え冷えとした気持ちになり、かたや「帰ってきた」と熱いものがこみ上げてくるんだもんな。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。