シネマとドラマのおいしい小噺
熱々のキューバサンドが教えてくれた|映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』

熱々のキューバサンドが教えてくれた|映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』

シネマとドラマで強い印象を残す「あのご飯」を深堀する連載、第七回。つくる人も、食べる人も、観る人まで幸せにする、チーズとろけるサンドイッチのお話です。

ロサンゼルスの高級レストラン料理長、カール(ジョン・ファヴロー)が、不思議なめぐりあわせでキッチンカーの店主に転身し、人生を取り戻す物語である。カールがいきいきと車の中で料理をつくる姿は、観ているだけで心が弾んでくる。

もともと料理の腕前には自信のあったカール。しかしオーナーと衝突して店をクビになってしまう。失意のまま元妻と10歳の息子とともに故郷のマイアミへ赴く。その懐かしの地で出逢ったキューバサンドイッチの味が、彼の心を再び奮い立たせることになる。

そもそもキューバサンドは、キューバからフロリダに渡った労働者たちが好んで食べていたもの。やがて現地のコミュニティに根づき、マイアミで人気の定番メニューに。久しぶりの本場の味に感動したカールは、LAで売ってみてはどうだろうと閃くのだ。何よりもう一度、料理人として腕を振るいたい。

元同僚シェフ・マーティン(ジョン・レグイザモ)がはるばる訪ねて来ると、仲間を得たカールはがぜん輝き出す。ぼろぼろのキッチンカーを自ら改装し、準備は整った。父を慕う幼い息子も加わって、いよいよ仕込みの始まりだ。ラテンのリズムに乗って、最高のキューバサンドが生まれるノリノリの展開に惹き込まれる。

まずはローストポークの下ごしらえから。オレンジ、ライム、レモンなど果汁たっぷりの柑橘フルーツと、玉ねぎ、ニンニク、スパイス、オリーブオイルでマリネソースをつくる。“モホ”と呼ばれるキューバ独特のソースで、柑橘類の酸味とスパイスが複雑かつパンチのある味わいを醸し出す。この特製マリネ液に、両手に余るくらいの豚肉の塊をじゃぶじゃぶと漬け込み、その後はじっくりと焼き上げていく。オーブンを開けるとジュワジュワと熱気が立ち込め、肉の表面にソースが白く絡みついている。ジューシーでスパイシーな、自家製ローストポークの完成だ。

サンドイッチ用のパンは、“キューバン・ブレッド”と言われる細長いバケッド。15センチほどの長さにカットし、上下にスライスして真ん中から開く。そこに鉄板で火を通したハムを2枚、出来たてのローストポークを3枚重ねる。さらに穴の開いたスイスチーズを2枚とピクルスを載せ、てっぺんには隅から隅までマスタードを塗ったパンを被せる。ぶあついサンドが出来上がった。

鉄板は、水をかけた瞬間にジュワッと蒸発するくらい熱くしておく。カールはここで息子に、秘伝のコツを伝授。鉄板とバケットの両方に刷毛でバターをたっぷり塗るのだ。香ばしいバターの匂いが漂い始める。

プレス機の蓋を閉じサンドをぎゅっと押さえたら、あとは焼けるのを待つだけ。ただしそのタイミングには細心の注意が必要だ。バケットがきつね色になりチーズがちりちり焦げ出す、その直前に取り出さなければならない。鉄板に挟まれたバケットを真剣に見つめていた息子が、今だ!とカールに告げ、ついにキューバサンドが焼き上がった。

カールとマーティン、息子の三人は、出来たてのサンドをきっちり三等分して味見を開始。パンの表面はパリパリに焼け、沁み込んだバターの香りが食欲をそそる。期待で胸がいっぱいの三人はもう前のめり。ばりっと噛むと中はやけどしそうな熱さだ。チーズが溶け出し長い糸を引き、モホソースをまとったローストポークとハムがぎっしり重なり合う。贅沢な食感のハーモニーがたまらない。
「これは売れる!」
そう確信する三人。堂々の、看板メニューの完成だ。

カールたちのキッチンカーは、マイアミからニューオーリンズへ向かい、さらに西海岸を目指す。行く先々で熱狂的に迎えられ、至るところで大行列の繁盛店となっていく。汗をふきふき鉄板でやけどをつくりながら、三人の幸福な旅は続いていくのだ。

一流レストランのシェフがすべてを失い、それでも料理をつくりたくてたまらない自分を発見する。屋台で提供できるメニューはシンプルだが、お客さんとの距離はこの上なく近い。彼らを待ち構え大喜びで食べる人々を目の前にして、カールは料理人としての原点に立ち戻っていく。そして人々を笑顔にする父の姿を、息子は瞳を輝かせ見ている。もしかしたら彼もまた、父のようなシェフになるのかもしれない。そんな素敵な未来を予感させる、とびきりハッピーな物語である。

おいしい余談~著者より~
「アイアンマン」をヒットさせた監督として名を馳せていたジョン・ファヴロー。この映画では製作・監督・脚本・主演を務め、彼の想いの深さが窺い知れます。その後は料理番組に出演するなど、ますます食への愛が深まっている様子。ファヴローの実人生とも重なるキューバサンドが、とても愛おしく見えてきます。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。