作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。パリに住んで20年の辻さんによる、美味しさと思い出の詰まった“パリ・サラダ”のレシピです。
サラダ・ニソワーズといえば、フランスを代表するサラダの一つですが、20年前、ニースを中心とする南仏コートダジュールの避暑地を訪れた時に食べたニソワーズは、いきなり150gくらいのマグロのミキュイ(ようはタタキのことです)がどんと一枚載っている凄いサラダだったのです。なんですか、これ、メイン料理ですか、とそこの給仕さんに訊いたところ、「本場、コートダジュールのサラダ・ニソワーズはこれ。ツナじゃなく、生マグロを使うんだよ」とおっしゃるではないですか?
それまで日本で食べて知っていたニソワーズは、マグロのツナ缶が使われていたものばかりだったので、まるで主食のようなゴージャスなニソワーズに仰天したものです。
「ニースの漁港では、
と白髪の給仕さんが笑顔で教えてくださいました。その時のぼくは仏語がぜんぜんダメだったので、もちろん、英語で……(笑)。
それで、今日、ご紹介する辻家のサラダ・ニソワーズはもちろん、本場、ニースのニソワーズをベースに、ちょっとアレンジしたもの。在仏20年の間に、少しずつ進化してきた、辻家定番、主食になるサラダのご紹介です。これは、日本人には便利で口にあいます。ぼくはマグロは完全に火をいれないで、ミキュイ、つまりタタキにします。フランスでも今はタタキが主流になりました。日本語の「タタキ」で通じます。マグロのステーキでもいいのだけど、ちょっとサラダには重過ぎるので、ミキュイがいいでしょう。
主な材料は、サラダ菜、いんげん、じゃがいも、まぐろ1切れ、卵、アンチョビ、トマト、パプリカ、オリーブの実……、ま、そんなところです。
レシピなどというものはありませんが、簡単に調理の準備について説明しておきますと、まず、いんげんはヘタをとって5分茹でてください。フランスのいんげんと日本のいんげんがちょっと違うので、分数は個体差があり、ご自身で判断し、アルデンテに茹でておいてくだされば、OKです。(日本人はアルデンテが好きですけど、フランス人は意外とくたっとしたいんげんも食べます)
ジャガイモはフライパンで揚げ焼きにします。フランスには火が通りやすい小さなジャガイモが売っているのですが、日本のじゃがいもだと何等分化し、食べやすいサイズにカットしてから揚げ焼きしてください。皮ごとの方が圧倒的に香ばしいです。フライパンで多めのオリーブオイルを熱し、にんにく皮ごと1片(お好きなら2片)、タイムなどがあれば一緒に中火でじっくり火を通してください。
卵は好みの硬さに茹でておきます。うっすら半熟くらいがおしゃれですけど……。
マグロはオリーブオイル少々加え、よ~く熱したフライパンで両面にきれいな焼き色がつくまでさっと焼いたら、出来上がり。
あとは盛ったら、完成なのですが、辻家では、一緒に混ぜないで、あえて、別々に並べて出します。これも、いつだったか、ニースのレストランで出てきたデコレーションのパクリなのですけど、見慣れてなかったせいもあり、わ、可愛い、と感動して、取り入れることになりました。バラバラにお皿に盛って、お好みのドレッシングをかけて、食べながら混ぜていく、これが実に楽しい食べ方でもあります。一つ一つの素材を味わい、最後に混ぜる。ああ、なんて贅沢なのでしょう。
文:辻仁成 撮影・協力:Miki Mauriac