和菓子でも洋菓子でも、栗が主役を張るシーズンがやってきた!栗好きにとっては、なんとも心が躍る季節の到来。生の栗で料理をするのも、この時季だけのお楽しみです。 「栗きんとん」で知られる岐阜県恵那市には、驚きの栗を自ら育て、全国で指導も行っている、“くりけん”こと「栗のなりわい総合研究社」の伊藤直弥さんがいる。2021年は夏の長雨の影響も心配されたが、果たして今年の出来はどうだろう。
「栗のなりわい総合研究社(以下、くりけん)」の伊藤直弥さんが育てる“和の栗”は、種(つまりは栗の実)から育った実生の木に生る。様々な品種の性質が混ざり合った雑種になるのだが、特筆すべきは大粒であること。一般的な栗はL~2Lサイズが主だが、伊藤さんの栗は3L以上が中心で、4L以上のものもゴロゴロ。大きいからといって大味ということはまったくなくて、ぎっしりパンパンに中身が詰まって、味が濃い。
しかし、心配なのは2021年の気象状況である。この夏は雨が多くて日照が少なく、全国各地で果樹栽培への影響は大きかったはず。今シーズンの栗の注文ついでに圃場の様子も伺いたいと思って電話したところ、伊藤さんの元気な声が返ってきた。
「昨年の土づくりがうまくいって、今年は去年の2~3倍の収穫量になりそうです!」
え、倍以上って……!予想外の大豊作で、返す声までひっくり返ってしまった。だって、本誌の取材で、畑にお邪魔した昨年だって、十分すぎるほどのイガが実っていたのだから。
「確かに天候の影響はあって、周囲の畑は昨年よりかなり収穫量が落ちそうだと聞いています。うちの圃場は幸いにしてそこまで長雨にやられることなく、何よりも木が元気。いい栗をお届けできますよ」
電話の話の通り、数日後にやってきた栗はぷっくりとふくらんで、はちきれんばかり。すぐに栗ごはんにして味わうと、収穫したばかりでまだ糖度は上がっていないが、ふわっと鼻腔を抜けるいい香り! ほっくりと濃厚、今年も素晴らしい出来だ。1週間ほど寝かせたところ、蜜のような甘みがしっとりと増して、さらに味が濃くなった。ああ、口の中に秋がやってきた!
くりけんの圃場の栗は、ひとつの枝にゴロゴロと30個以上のイガをつけ、その姿はまるでブドウの房のよう。まさに、栗が「たわわに実る」という光景なのだが、それがめちゃくちゃレアだということを、伊藤さんに教わって初めて知った。一般的な栗栽培においてはそもそも、ひとつの枝に10個程度しかイガがつかない。しかも、栗は生理落下に弱く、最後まで残るのは3つか4つほどだという。ところが、伊藤さんの栗の木は、生理落下がわずか15%ほど。1本の木から収穫できる量が、格段に多いのだ。
なぜ、こんなふうに常識を覆すような栗づくりが可能になったのだろうか。それは、伊藤さんがこれまでの農法に疑問をぶつけながら試行錯誤を繰り返し、独自の技術を確立してきたからだ。かつてはカメラマンだったという異色の経歴を持ち、就農したのは45歳を過ぎてから。だからこそ、周囲の生産者からは異端児と見られようとも、既成概念にとらわれずに挑戦できたのかもしれない。
たとえば、こんな考え方だ。伊藤さんは、栗の木の「樹勢」をものすごく重視する。文字通り「樹の勢い」のことで、栗の木そのものが元気で健康な状態でなければ、いい栗ができないということ。そのバロメーターになるのが、「葉」だという。
「葉っぱが大きくなるっていうのは、ものすごく大切なことなんですよ。普通の栗の葉の長さは、だいたい12~18cmくらいですが、うちの木は大きいものだと40cmくらいにまで成長します。しかも色が濃くて、厚みもある。春にいい枝を伸ばして、いい花を咲かせるためには、光合成をする葉が大きくないとダメなんです」
すなわち、葉を育てることは、栄養を運んで大きな栗をつくるための設備をしっかりと機能させるということなのだ。さらに伊藤さんは、栗の鬼皮を「器」に例えて、説明してくれた。
「栗の器ができるのは7月、中身のでんぷんがたまりだすのが8月。だから、まずは夏の初めにこの器を大きく育てなくちゃいけないんです。器が小さいと、栗の大きさが小さくなってしまいますから。大きな器をつくるには、日照と水が十分にあって、肥料がしっかり効くようにすることが大切です」
また、栗は害虫に弱く、農薬に頼らざるを得ない農作物でもある。しかし、樹勢を強くしてあげれば、農薬を使わなくても虫や病気にも負けないというのが、伊藤さんの考え方だ。安全性を考えているということもあるが、一番は味に影響が及ぶからだ。
「植物だって、農薬をかけられたら嫌なんです。嫌なことをされると、風味が落ちて、苦くなることもあります。だから、使わないほうが、栗はおいしくなるんですよ」
そうやって育てられた栗は、熟してイガごと落下したものを収穫するのが、従来の栗栽培のセオリー。しかし、伊藤さんの栗は樹上でイガが開き、完熟したら実だけが自然にポトリと落ちる。そのくらい、イガがしっかり枝にくっついている。適度に生やした下草のベッドは、そんな栗をやさしく受け止めて、乾燥しないように守ってくれる。大きくて強いイガのおかげで、中に虫が入りにくいため、燻蒸処理も行わなくていい。農薬同様、安全性の面だけでなく、そのほうが味もいいのだ。
栗を拾って集めたら、あとは出荷するのみかと思いきや、そうではなかった。伊藤さんは「栗は選果が命」と言い切り、このあとに費やす時間と労力を惜しまない。コーヒーの生豆をピッキングするかのごとく、栗の質を見極めて、商品として適さないものを落としていくのだ。
まずは、「水選果」と呼ばれる作業を行う。浴槽のような大きな容器に水を張り、そこにドブンと栗を沈めると、比重の軽いものは浮いてくる。そういった栗は、中身が詰まっていなかったり、地面に落ちたあとに乾燥してしまったりと、質が低いので除かれる。
さらに、水から上げた後にも「水切り選果」をし、肉眼で見て明らかに虫食いで穴が開いているものや色がよくないものなどを、ザッと除いていく。
「本選果」では、よくない菌が入っていないかということまで、においを嗅いで細かくチェックする。
これが終わって、ようやく大きさの選別に移る。この選別の道具がなかなかユニークだ。S~4L以上サイズまで、異なる大きさの丸い穴がたくさん開いたコンテナを使うのだ。穴の上に栗を並べて、穴を通過しなければ、そのサイズで合格。通過したら、ひとつ下のサイズで再び大きさを測る。4L以上の栗は60g近いものもあり、それが卵の重さと同じくらいと考えると、どんなに大きいか想像がつくだろう。選果の作業を進めながら、伊藤さんは見た目でわかる「おいしい栗」の特徴についても教えてくれた。
「栗のお尻、台座の部分を見るとわかるんです。しっかり丸くなっているものは味がいい。これ以上、鬼皮が広がらないくらいに中身が詰まっている証拠です。だから、実が詰まって鬼皮が割れたものは、傷みやすいので出荷はできないけれど、最高においしいんですよ。それは自分たちで食べちゃいます(笑)」
話しながらも、作業を止めることなく手を動かし続ける伊藤さん。早朝に栗を収穫し、その日の午前中から選果を始めて、夕方の出荷には間に合わせる。栗は値段も高いし、料理をする際もむくのに労力がかかる。買ってくれる人の期待を裏切らないためにも、手塩にかけて育てた栗をしっかり選んで、質を高めることが、評価につながるのだ。
実は、今年の収穫量が増えたと聞いたとき、ホッと胸をなでおろしていた。3年前の危機を思い出したからだ。原因は、想定外の豚コレラ。肥料の価格が高騰したせいで、予定していた1/3しか肥料を入れることができなかった。収穫量が減り、運転資金が枯渇。大打撃を受けたのだ。
しかし、クラウドファンディングで資金を募ったところ、伊藤さんの栗の素晴らしさを知るたくさんの栗好きが支援して、なんとか危機を逃れた。そのときに、伊藤さんが支援者に投げかけた言葉がこうだ。
「来年は栗の収穫を必ず3倍にできる様に頑張ります」
自然相手の農業で、有言実行がいかに難しいことか。しかし、あれから伊藤さんは、毎年確実に収穫量を増やしてきたのだからすごい。
こうして培った技術を他の産地に伝えることも、ライフワークになっている。自らの畑を飛び出し、全国の栗生産者の技術指導を行っているのだ。そのほかにも、栗の加工品の試作に取り組み、ゆくゆくは6次化も軌道に乗せたいと考えている。伊藤さんの飽くなき探究と挑戦は、まだまだ続いていきそうだ。
文:大沼聡子 撮影:伊藤徹也
2021年度の栗の販売終了は10月上旬予定!
くりけんの「和の栗」(安心堂)