世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
キューバのスーパーは別世界|世界のスーパーマーケット④

キューバのスーパーは別世界|世界のスーパーマーケット④

2021年9月号の特集テーマは「すごいぞ! スーパーマーケット」です。社会主義の国々も巡った旅行作家の石田ゆうすけさんは、その別世界感に魅力を感じたと言います。そんな社会主義国にもスーパーはあるのですが、ちょっと我々の常識とは違うようで――。

のどかなのはいいことだけど

別世界を見たい、というのが旅の動機だから、社会主義国、あるいは近年まで社会主義だった国には、自ずと魅了されてしまう。時間の流れ方が全然違うからだ。人々は不思議なくらいのんびりしている。ときに光景全体がスローモーションのようにさえ見える。せわしない社会にいた自分の目には、世界が根底から引っくり返されるように感じられ、なんとも愉快になる。

社会主義国というと、物不足で店に商品がないイメージが強いのだが、昔のソ連の映像が記憶に残っているせいだろうか。
現在も社会主義を掲げている中国やベトナムには大きなスーパーもあり、売り場には商品が大量に並んでいた(そういえばこの両国はのんびりした空気もあんまりなかったような)。

一方、僕のイメージに近かったのはラオスだ。訪れた時期がたまたまだったのかもしれないが、商店の棚は軒並み隙間だらけだった。
現地の人々は大変だろうな、と想像はするものの、ガラガラの売り場を見ると、無責任な旅人は本能的に前のめりになる。なんという別世界だろう、と見入ってしまう。商品がぎゅうぎゅうに詰まった日本のコンビニとの彼我の差よ。かつて食品会社の社員だった僕は、商品を切らし、売り場に穴をあけるたびに、スーパーの担当者からどやしつけられたものだ。スーパーは売り場効率をしゃにむに追及している。欠品=ロスなのだ。そんな世界にいたからこそ余計に、空っぽの売り場や、その横でのんきに構えている店主たちの姿に、何か痛快なものを覚えた。繰り返すが、旅人は無責任な傍観者なのだ。

社会主義の濃そうなキューバは、世界一周自転車旅行を終えてしばらくたってから訪ねた。アメリカとの国交が半世紀ぶりに回復すると知り、「世界が変わってしまう!」と慌ててチケットをとったのだ。
社会主義ならではの配給制で配られるのは、パン、米、卵、肉など、最低限の食材だけで、それらも十分な量ではなく、多くの商品は普通に小売店で買う。
クラシックカーや馬車が走りまわる、まさに時間が止まったような国で、ファストフードチェーンのような店はさすがに見かけなかったが、スーパーは小さな町にもあった。売り場も多少の隙間はあるが、それなりに商品は並んでいる。意外にもキューバ製のものが多かった。ネスレのクッキーやアイスもキューバ製だ。「Tu Cola(あなたのコーラ)」という国産ブランドのコーラはどの店にもあった。
スーパーを見る限り、意外と普通だな、と思っていたのだが、しかしある日、のけぞるような光景に出会った。

中部の田舎を自転車で走っていたときのことだ。正午を過ぎると太陽光が痛いほどに暑くなり、喉がひどく渇いてきた。ボトルには水が残っているが、飲みきるのは怖い。キューバの面積は日本の本州の半分ほどだが、人口は1100万人あまり。町と町のあいだはかなり離れていて、荒野が茫洋と広がっている。
道路脇にクラシックカーがとまっていた。人がいる。何か作業している。故障だろうか。よく見る光景なのだ。50年も60年も走っているのだから当然だろう。
どうやら持ち主の男性が自ら修理しているようだった。みんな自分で直す。
あたりには陰がなく、陽光がギラギラと男性にも降り注ぎ、道路からは陽炎が立っていた。この灼熱のなか大変だな、と思っていたら、男性は僕に気付き、笑顔で手を振ってきた。ああ、なんだかいいなぁ。余裕があるよ。こちらまでゆったりしてしまう。やっぱり社会主義の国は違うな。

彼に手を振り返してやり過ごすと、再び暑熱に包まれ、渇きを覚えた。ボトルのわずかな水をなめるように飲む。
ようやく町が見えたとき、助かった、と思った。
のどかな田舎町だった。店を探しながら走ると、小さなスーパーが見えてきた。あれ? なんだろう。外に人がたくさんいる。近づいていくと、ゾッとした。店内は人でごった返し、入りきれなかった人たちが外で待っているようなのだ。

ドアの前に警備員がいた。店内の客が一人出ると、外で待っている客を一人入れる。いつになったら水が買えるんだ?と気が遠くなったが、並ぶしかない。
待っているだけでじりじりと汗が流れた。日陰なのにやけに暑い。喉がカラカラだ。なんだかめまいがしてきた。立っているだけでも辛い。早く水を飲ませてくれ......。
15分ぐらいでやっと店内に入れ、冷えたミネラルウォーターを手に取ったのだが、それからがまた長かった。レジ待ちの長蛇の列が遅々として進まないのだ。水は手の中にあるのに、なんなんだこの焦らしプレイは。一体全体なんでこんなに時間がかかるんだ?
トータル30分ぐらい待ってようやくレジが近づいてきたとき、謎が解けた。レジが1台しか稼働していないにもかかわらず、レジ係の女性が客と対面するたびに笑顔でぺちゃくちゃしゃべっていたのだ。
社会主義国ののどかなムードに「これこそヒト本来のペースだよ」などと好感を抱いていた旅人は、思わず天を仰ぎ、咆哮しそうになったのだった。
「さっさとレジを打ってくれえええっ!」

小さな町だから、顔見知りが多いのだろう。でもこの行列が彼女は気にならないのだろうか?
いや、彼女だけじゃない。口ばかり動いて手がおろそかになっている彼女に、誰も注意しないどころか、みんな涼しい顔でのんびり待っているのだ。そんな鷹揚な(?)彼らの姿は、後光が射しているようにまぶしかった......と言いたいところだけれど、喉がカラカラで余裕のない旅人の目にはぶっちゃけ、ちょっと異様に映ったのだった。
やっぱり、別世界のおもしろさは別格なのだ。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。