世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
始まるはずだった恋物語|世界のスーパーマーケット②

始まるはずだった恋物語|世界のスーパーマーケット②

2021年9月号の特集テーマは「すごいぞ!スーパーマーケット」です。石田ゆうすけさんは、チリのスーパーに寄ったときのとある経験から、肝に銘じたことがありました。その時学んだ旅の鉄則とは――。

スーパーの美人店員

自転車で世界を巡る、という旅をしていると、行く先々でスーパーを利用する。少々誇張していえば世界じゅうのスーパーを見てきたわけだが、なかでも心に残っているのは南米チリのスーパーだ。

スーパーには食料を買うだけでなく、涼む、という目的も自転車旅行者にはある。灼熱の国だとクーラーのきいたスーパーはまさにオアシスだ。
ただ、暑い国や地域は往々にして、都市部はともかく、田舎にはスーパーがほとんどない。
チリには灼熱の国というイメージはなかったが、北部を真夏に走ったせいか、毎日うだるような暑さだった。けれども街が発展し、一見ヨーロッパのようなチリには、どこにでもスーパーがあった。

このとき、僕にはKという日本人の相棒がいた。彼も自転車世界一周という旅をしており、カナダの北部、ユーコン準州で初めて会って以来、カリフォルニア、メキシコ、そしてチリで偶然の再会を繰り返してきた。チリのあとは、その4年後にパキスタンでも再会している。自転車でまわれば世界は途方もなく広いと感じるだろうと思ったが、実際は逆だった。地球は自転車でもまわれるサイズで、同じ人と何度もばったり再会するぐらい狭いのだ。ちなみにこの頃はまだインターネット黎明期で、旅人同士連絡を取り合う時代ではなかった。

そのKとチリの田舎を走っていると、大型スーパーが見えてくる。ふたりで顔を見合わせる。どうしよう。それぞれの顔に逡巡が浮かぶ。ほんの1時間ほど前にもスーパーで休んだばかりなのだ。でも暑すぎて自転車なんかこいでいられない。「パンダアイス」が食べたい。さっき食べたばかりだけれどもう食べたい。ひとりが目を三日月型にしてニッと笑う。するともうひとりの目も三日月になる。2台の自転車はスーパーに吸い込まれていく。

さっきは僕が自転車を見張る係だったから、今度は買いにいく係だ。見張り役のKを残し、店内の冷気を浴びながらアイス売り場に向かう。スイミングプールを思わせる巨大な冷凍庫に1リットル入りのアイスがぎっしり並んでいる。チリ人は図抜けてアイス好きらしい。
僕らのお気に入り「パンダアイス」はパッケージの隅にパンダのイラストが描かれている。バニラ、イチゴ、チョコ、とオーソドックスなラインナップで、特徴はなんといっても1リットル約100円という安さだ。それでも十分に旨い。

パンダアイスの四角いボックスを2個抱えてレジに行く。レジ係のきれいなお姉さんと軽口を交わし、外に出る。スーパーのひさしの陰の、人が通らない隅っこのデッドスペースに僕らは座り、やにわにアイスを貪り食べる。それぞれ1リットルのアイスをぺろりと平らげる。体が心地よく冷え、眠くなってくる。Kもうつらうつらしている。互いに相手を盗み見る。ひとりがコロンと横になると、もうひとりもコロンと転がる。ふたりで走ると、互いが互いを許すので旅のペースがぐっと落ちるのだ。

声がして、目が覚めた。警備員だ。ヤバイ、と反射的に思ったが、警備員のおじさんはニヤニヤ笑っている。「彼女が呼んでるぜ」と顎をしゃくった。見れば、遠くのほうにさっきのレジの女性がいてこっちを見ている。仕事を終えたのだろうか。振り返ると、Kはまだ寝ている。彼を起こさないようにそっと起き、彼女のところに行った。
「どこから来たの?」という彼女の言葉から会話が始まった。ストレートの茶色い髪に涼しげな瞳。チリは美人が多いと聞いていたが、僕は今まさにそれを実感している。
「私はスサナよ」と彼女は自ら名乗った。
「僕はユースケ」と僕も答える。
「あなたはひとりで旅をしているの?」
スサナは離れたところに寝ているKに気づいていないらしい。僕は質問が聞き取れなかったふりをして答えをはぐらかし、代わりに彼女のことを聞いた。会話は弾んだ。よく笑う子だった。
「ユースケ、今日はこの町に泊まるの?」と彼女が意味ありげな目で聞いてきたとき、ドキッとした。こ、これはもしかして、合図......?

「おーい」
振り返ると、寝ぼけ顔のKがいた。相棒は間延びした声で言った。
「そろそろ行こうかぁ」
「.........」
僕は彼女と別れ、再び筋肉質の男と走り出した。
旅は一人に限る。

文:石田ゆうすけ 写真:島田義弘

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。