2021年9月号の特集テーマは「すごいぞ!スーパーマーケット」です。旅行作家の石田ゆうすけさんはアメリカのスーパーマーケットを訪れた時、目を見張る光景が広がっていたといいます。その驚愕のアメリカンスーパーマーケット事情とは――。
海外経験の少なかった僕は「一度に世界を全部見よう」と7年半にわたる旅に出るのだが、最初の国がアメリカだった。それだけにアメリカのスーパーは目に映るものすべてが珍しく、刺激に満ちていた。
とりわけ印象的だったのが野菜売り場だ。どの野菜もパックされておらず、バラで積み上げられている。自分でビニール袋に入れ、備え付けの電子秤にのせる。秤には青果のイラストが入ったボタンがたくさんついている。該当のボタンを押すと、重さに合わせた値段のシールが出てくる。それを袋に貼って、レジで精算する。なんて合理的だろう。店からすればパック詰めのコストを節約できるし、客からすれば自分の欲しい量だけを買える。
見目の悪い商品は売れ残るのでは、と気になるが、日本よりその心配は少ないだろうなと思えた。アメリカの野菜はだいたいが不格好だからだ。不揃いで、日本なら売り場に出ないようないびつな野菜がゴロゴロ並んでいる。客のほうも神経質に選んでいる様子はなく、たいして吟味せずにポンポン袋に入れる。
大らかなアメリカ人は野菜の見た目なんか気にしないらしい――というイメージは、しかし、果物売り場に行ってちょっと崩れた。リンゴが蝋で固められたように光っていたのだ。
リンゴは熟すと自らツルツル光るワックス成分を出して表皮を包み、劣化を防ぐのだが、そのレベルではなかった。明らかに何か人工的なものが塗られている。見た目をよくするためとしか思えない。
でもこれだけ不自然に光らせたら逆に気味が悪くて、僕は手が伸びないけどなぁ、と思ったが、その後、洗いもせずに皮ごとリンゴをかじるアメリカ人を何人も見て、「違うんだな」としみじみ感じ入った。
僕は旅に出る前は食品メーカーの社員で、スーパー担当だったから、加工品の売り場も興味深く眺めた。
驚き、感激したのはシリアル売り場だ。5段の棚が上から下まで一列すべてシリアルで埋め尽くされている。一列の長さは30mぐらいか。
スーパーは売り場効率を上げるために緻密なデータ戦略を行っている。つまり売り場がそのままその国、あるいはその街の需要を表しているわけで、「どんだけシリアルが好きなんだよ、アメリカ人」と心の中で突っ込まざるをえなかったのだが、じつは僕もシリアルに目がないのだ。花畑に囲まれているような気分で、100種類をゆうに越えていると思しきシリアルをひとつひとつ眺め、うれしさのあまり変なテンションになって、レインボーカラーのシリアルを買ってしまった。
ドーナツ売り場にも目がくらんだ。こちらも呆れるほど巨大、かつ種類も豊富で、「好きだねぇ、アメリカ人」と思いつつ、当時26歳だった僕も(オッサンとなった今とは違って)甘い物が大好物だったので買い物かごにポンポン入れていった。
シリアルやドーナツはまだしも「え、なんでこれが?」と思う売り場もあった。筆頭がピーナッツバターだ。日本では探さないと見つからないようなこのアイテムが、やけに目立つ場所で広大な面積で展開され、何種類も並んでいる。そんなに需要が高いのなら食べてみるか、と1個買ってみた。
まずはドーナツにかぶりついてみると、うわ、と顔をしかめた。なんだこの甘さは。イチゴジャムの塊でも飲み込んだみたいだ。こんなの1個食べきるのもきついぞ、と動転しながら、複数のドーナツが入った袋を見つめた。
次いで極彩色シリアルに牛乳をかけて食べてみると、ニッキ水に似たどぎつい化学的な香りが鼻に抜け、歯にベタベタくっつくような甘さが襲いかかってきた。テンションがどんどん下がっていく。
さらにピーナッツバターを食パンに塗って食べてみると、うなだれた。今度は全然甘くないうえに、喉に引っかかるような重い食感が辛い。ああ、なんと変なものばかり買ってしまったんだ。
でも捨てるわけにもいかず、その日から無理やり食べ続けた。そのうち「あれ?」と思った。悪くないかも。ピーナッツの香りとコクがパンの甘味を引き立てている。
なるほど、日本の菓子パンのイメージから、ピーナッツ系のスプレッドといえば甘いものしか想像できなかったけれど、「ピーナッツバター」はバターというだけあって、元来甘くないのかもしれない。
やがて僕はこれの虜になった。食パンにつけて食べると止まらなくなる。でなくても、自転車で旅をしているから底抜けに腹が減る。日本の2.5斤分ぐらいある24枚切りの食パン1袋を1回の食事で全部食べてしまいそうになる。
ダメだ、これでは豚になる。1回の食事は1袋の3分の1にしよう。そう思い、8枚取り出すと袋の口を結んだ。そうしてピーナッツバターをつけながら8枚を食べ終えると、「……あかん、あと1枚」と袋の口をほどき、2枚取り出す、ということを際限なく繰り返した。意味ないがな。
ある日、「コンピューターゲームにはピーナッツバターのような常習作用がある」と書かれた記事を現地の新聞で読み、大いに納得した。実際、アメリカでは子供のピーナッツバター依存と肥満が社会問題になっているらしい。
スーパーの異様に広いピーナッツバター売り場を前に、「なるほどな」と僕は頷きつつ、《Buy2、get 1 free(2個買ったら3個目タダ)》というポップの誘惑に必死で抗っていたのだった。
文・写真:石田ゆうすけ