伊勢海老以上の旨さと評されるそのエビの正体とは?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
その名の通りセミのような姿形をしている。和歌山県ではクツエビと呼ばれ、こちらは靴の形から名づけられたのだろう。英名はBlunt Slipper Lobsterといい「鈍いスリッパのような大型エビ」という意味を持つ。同じセミエビ科で姿が似ているウチワエビやゾウリエビの第2触覚の縁はのこぎり状だが、セミエビにはギザギザののこぎり刃が見られない。
頭胸部は上から見ると長方形でやや扁平。腹部の背面は頭胸部よりも丸みがあって伊勢海老のそれに似ている。全体に赤褐色で背に白色のまだら模様がある。殻は硬くて厚く、背には顆粒状の突起が一面にあってその間には短毛が生えている。体長は30cmにも達し、重量800gが珍しくない大型エビだから、魚屋の店頭でモソモソ動いているとほかの魚介を圧する迫力がある。昼間は岩陰に潜み、夜になると姿を現して貝類などのエサを捕食する。国内では千葉県から沖縄県までの太平洋岸の岩礁地帯に生息する。
味は伊勢海老以上と評される。沖縄県や鹿児島県、高知県、和歌山県で多く水揚げされるが、漁獲量は少ない。だから、魚市場ではとびきり高額で取引される。怪しい姿形ではあるけれど高級魚扱いなのである。多くは料亭などに運ばれるが、ときには産地の魚屋でも見かけられる。
伊勢海老同様に、塩ゆでや刺身で食べられることが多い。塩ゆでは、塩分3%の湯で塩ゆでし、あら熱を取ってから半割にして、殻から身をはがし取って食べる。伊勢海老の身よりもしっかりしていてほどよい弾力と噛み心地、さらには上品な甘さを含む旨味を楽しめる。刺身は透明感があり、わずかに野生的な潮の香りが匂い立ってくる。甘さがねっとりとして濃厚なのに、おいしさにくせがなく、のど元を通り過ぎたあとの余韻にさわやかさがある。刺身には腹の身を使うので、残った頭胸部はぜひ縦二つに切り分けて味噌汁に利用していただきたい。セミエビのミソが汁に溶けてうっとりするほどの風味に仕上がる。いずれの料理でも生きているセミエビを使うのがミソだ。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏