その怪魚の見た目はシャコにそっくり。しかしシャコではなくエビ目に属し、とっても美味だという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
シャコと名がつくのは、鮨屋で出てくるあの「シャコ」の生きているときに姿形がよく似ているからだ。体長といい、胸部のハサミに似た脚といい、腹部の脚といい、あのシャコにそっくりなのだが、実はシャコと縁遠い。大きな違いはアナジャコの体を覆う殻がずっとやわらかいことにある。
生態が変わっている。幼体に成長すると巣穴を掘り始め、体が大きくなるにつれて巣穴を大きくしていく。巣穴は上部50cmほどのU字溝で、その下にさらに一本の深い穴が続く。深いものではなんと2mを超える。巣穴表面は直径数mmだがその下の穴は直径2~3cmと太くなる。干潮時は巣穴に引きこもっているが、満潮時になると巣穴から頭を出して遊泳脚を使って海水の流れを起こし、口まわりのヒゲで海水を濾過してプランクトンなどを食べる。
アナジャコの捕獲には、干潟のあたりをつけた表土をスコップで数cm削っていき、巣穴を見つけやすくする。その巣穴に毛筆の先端を差し入れると、アナジャコは「敵」と勘違いして押し出そうとする。アナジャコが巣穴から姿を見せたところをすばやくキャッチする。また、「友釣り」という方法もある。洗濯ばさみでおとりのアナジャコの尾をはさみ、頭部から巣穴に入れる。これまた「敵」と勘違いして押し戻そうとするところを捕まえる。
アナジャコ獲りは楽しく、全国の干潟でアナジャコハンターが活躍している。市場に出回ることは少ないが、熊本県の荒尾市や岡山県の倉敷市では市場にも出回っている。ことに倉敷市の「乙島シャコ」はブランド化もされている。
てんぷらや素揚げ、煮つけ、塩ゆで、アナジャコ飯、味噌汁などいずれもうまいが、その中でも塩ゆでがアナジャコの風味をもっとも堪能できる。生きているときは褐色のアナジャコが、ゆでるときれいな朱色に染まる。頭部先端は硬めで鋭いので、ここだけを取りはずせば、あとは丸ごとがぶりといけて食べやすい。やわらかい殻の歯触りがほどよく、尾に詰まった身にやさしい甘みがあり、あのシャコ以上の味わいを持っている。アナジャコハンターがハンティングに夢中になるのは、この味わい深さにもあるのだろう。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏