2021年7月号の特集テーマは「ハンバーガーとホットドッグとクラフトビール」です。世界中を旅した旅行作家の石田ゆうすけさんですが、ホットドッグを見かけたことは意外と少なかったとのこと。しかし、アルゼンチンで思わず笑みが溢れてしまう一品に出会いました――。
海外ではハンバーガーと比べるとホットドッグはあまり見ない気がする。あくまで僕の印象だけど。
ただ、パンに腸詰をはさんだものがホットドッグということであれば、アルゼンチンの「チョリパン」もそのひとつになるだろうか。そしてこのチョリパンが "パン系スナック"のなかでは、メキシコのタコス、ベトナムのバインミーと並んでトップ3に君臨する旨さだったのだ。僕のなかでは。
名前のとおり、パンにチョリソーをはさんだスナックだ。パンはスペイン語でもパン、チョリソーはスペイン発祥のソーセージのことで、中南米でもその名で広まっている。辛いソーセージをイメージする人もいるかもしれないが、それはもっぱら唐辛子を入れてつくられるメキシコのチョリソーだ。アルゼンチンのチョリソーは辛くないうえに、この国らしい特色がある。牛肉をメインに使うのだ。
アルゼンチン人ほど牛肉好きの国民もなかなかいないように思う。家にはたいていバーベキュー用の竈があり、休日ともなると人が集まって牛肉の塊を焼いて食べている。週末、田舎町を自転車で走ったときは、街のあちこちから煙が上がっているのを目にし、「どんだけ好きなんだ」と呆れたものだ。
そんな彼らの育てる牛の肉は世界一旨い、と旅人のあいだでは語り草になっている。その牛肉をたっぷり詰め込んだアルゼンチンのチョリソーは、ソーセージというくくりに入れるのはちょっと違うんじゃないかというぐらいリッチな旨味があった。
これを焼いてチミチュリ(オレガノ、唐辛子、パプリカなどを酢と油に入れたアルゼンチン特有のソース)をかけ、ピクルスや野菜と共にパンにはさんだものがチョリパンだ。これの店が東京の代々木上原にある。店名は「ミ・チョリパン」。店主は現地で修業した日本人で、チョリソーを外注せず、アルゼンチンのレシピに沿って自らの手でつくるなど、同国の食文化をリスペクトし、伝道師たる自負と責任を持ってチョリパンを提供している。実に旨い。
彼がそこまで誠実に取り組むのも道理で、チョリパンはアルゼンチンでは国民食のようなスナックであり、文化といっていい。そのことをまざまざと感じさせられたのは、海外放浪から11年後、アルゼンチンを再訪したときだった。
セレブ雑誌の取材で、高級な店でばかり試食していたのだが、コーディネーター兼通訳の男性は「チョリパンを食べに行かないか」とことあるごとに言う。アルゼンチン人の彼はとにかくチョリパンを客人に食べさせたいらしい。僕もカメラマンもちょっと違うものがほしくなっていたので、彼の誘いに応じた。
彼は僕らを自分の車にのせ、郊外へと走らせた。チョリパン屋なんて街中にいくらでもあるのに、どこまで行くんだ?と首を傾げていると、30分か1時間か、結構な距離を走って海沿いの一角に車をとめた。チョリパン屋が並んでいる。彼は馴染みらしき一軒でチョリパンを3つ頼んだ。手渡されたそれにかぶりつくと、熱々のパンから太いチョリソーが現れる。噛むとパキッと音が鳴って皮が弾け、包丁で切ったと思しき大粒の肉がわらわらとあふれ出した。やはりグルメバーガーのようなリッチさとボリューム感なのだ。そこにチミチュリの辛味、酸味、香り、それにピクルスや野菜が加わって渾然一体となり、目尻が垂れる。高級店の料理に疲れ始めていた今の僕らには、口いっぱいに頬張るこのパン系スナックが実にしっくりくる。こういうのがほんとに旨いってことだよなあ。僕らは顔を見合わせ、ほくそ笑む。
通訳の彼のチョリパン愛に、何か通じるものを感じた。たしかに、海外から日本に来た雑誌のスタッフを僕がアテンドするとしたら、そして彼らが高級な寿司や会席料理ばかり食べていたら、遠出してでもとっておきのラーメン屋に連れていくだろうな。
文:石田ゆうすけ 写真:中田浩資