農家酒屋「SakeBase」は昨年秋、千葉の田んぼで無農薬栽培した山田錦を収穫。そのお米を麹米として使ったオリジナルのお酒を、「風の森」「鷹長」銘柄で知られる奈良県御所(ごせ)市の油長(ゆうちょう)酒造で醸してもらいました。今回は、いよいよ搾りの様子をお伝えします。
1月中旬から油長酒造で仕込みを始めたSakeBaseオリジナル酒は、1ヶ月の時を経て、2月17日、いよいよ搾りの時を迎えた。耕作放棄地の開墾開始から足掛け3年、果たしてどんなお酒に仕上がっているのだろうか。胸の高鳴りを抑えつつ、SakeBase代表の宍戸涼太郎さんと石井叡さんは朝、御所市の蔵に向かった。
オリジナル酒の醸造開始から1ヶ月間、順調に発酵が進んでいることは、油長酒造の山本長兵衛社長と連絡をとり合うなかで、SakeBaseの3人ももちろん知ってはいた。山本社長とスタッフは搾りの前日ももろみの味の確認をしたが、それでも「搾る前には、半分くらいしかわからないんです。搾ると香りがなくなってしまうこともあります」と山本社長。実際に搾り機を通して初めて、その酒の個性がはっきりわかるというのだ。さて、オリジナル酒はどんな味わいになっているのだろうか。ドキドキの瞬間だ。
一口飲んだ宍戸さんは絶句。「あまりの香りのよさに驚いています」。山本社長も「マスカット様(よう)の白いぶどうの香りと、バナナっぽさも。香りの要素がすごく多い」との感想で、思っていた以上に香りが出たという。搾りはじめなので味が多いが、「2~3時間たつと、だんだん味がきれいになってきます」と製造責任者の中川さん。今は搾り機にもろみを注入している最中の無加圧の状態だが、注入しきったら圧力をかけて計10数時間搾っていく。そのなかで、味わいも変化していくそうだ。「いやぁ、おいしいです。ありがとうございました」と宍戸さんは頬を紅潮させて、山本社長や中川さん、スタッフたちに頭を下げる。
オリジナル酒の精米歩合は80%。油長酒造ではここ20年以上、80%という精米歩合のお酒に力を入れている。「磨きが少ないということは、原料の中にいろんな栄養素、エネルギーが含まれる。蛋白質の種類も多いし、油分の種類も多い。そうすると、お酒になったときに出てくる味や香りが、穀物の持つ固有性、またはその土地の持つ固有性を反映しやすいと思います」と山本さん。「磨かずしてどれだけ旨い酒を造れるか」にこの4~5年、特に注力して取り組みたいという油長酒造の姿勢や実践に宍戸さんは惚れ、大事に大事に育てた自前の米を託すに至った。そしてこの日、ひとつの形になった。
オリジナル酒に使った米の総量は1,800kg。SakeBaseが栽培した米は麹米のみに使われたので、原料米の20%ほどで、残りは兵庫県産の山田錦だ。「今年の栽培分はもっと農業を磨いて収量を増やし、ちゃんと全量の仕込みをお願いしたいです」と宍戸さん。
搾りのあと瓶詰や検査を経てオリジナル酒は油長酒造の低温倉庫で管理され、3月13日(土)と20日(土)の両日17時から、SakeBaseの店舗で限定販売された。発売当日は強い雨の降る中、お客さんが30人ほど列をつくり、待ち望んだオリジナル酒を笑顔で受け取った。付録として宍戸さんが書いたエッセイ冊子『風の森と僕とカツカレー』が付き、風の森とSakeBaseのストーリーを読みながらオリジナル酒を楽しんでもらうという趣向である。
私も2本買って帰ったのだが、蔵で利かせていただいたときよりも香り控えめで、ドライできりっとしたお酒になった印象だ。ねかせるとまた味が変わっていくお楽しみもあるというので、もう1本は冷蔵庫で静かに眠っている。
写真:山本尚明 文:里見美香(dancyu編集部)