梅雨時にくるチリメンジャコの旬は、食べごろの旬とはまた違う話のようで……。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
季節など感じられないようなチリメンジャコだけど、梅雨時の築地市場では、小さな動きを見せる。
仲卸「日本丸大」の店頭に、兵庫、静岡、愛知、宮崎、愛媛といろんな産地のチリメンジャコがならんでいる。ちっこいながら大小あるし、色も白から青っぽいのまでさまざまだ。九州産は白く、本州産はやや青っぽいとか、内湾でとれたものは、脂があるのでちょっと黄色っぽいなど、目利きによれば、「さまざま」の奥には、ちゃんと理由があるらしい。
で、この時期、「日本丸大」では、意識してサイズのそろった細かなジャコを仕入れる。やっちゃ場には、山椒の若い実、青山椒が出回る時期で、ふたつを合わせて「ちりめん山椒」をつくる料理屋の需要にこたえるためだ。
京都土産でもおなじみの「ちりめん山椒」。京都鞍馬の山で青山椒がとれる時期と紀州やら大阪などでチリメンジャコができる時期が重なることで生まれた、と聞いた。チリメンジャコの原料であるカタクチイワシの稚魚の漁は春から秋まで続き、九州、四国、関東へ、南から北へと漁の最盛期は移っていく。チリメンジャコは、釜茹でして干すといっても、冷蔵庫のない時代、さほど日持ちはしない。「ちりめん山椒」は、季節の出会い物としてつくられたのだった。
ずっと前、三重県鳥羽市沖に浮かぶ答志島を訪ねたことがある。早朝、港に行くと、カタクチイワシの稚魚がいっぱい揚がっていた。前日の夕刻、島にサイレンが鳴り響き、それを合図にいっせいに出漁があり、その成果であった。港をあとにして数時間後、あちこちの家の庭先に真っ白な布を広げたみたいにチリメンジャコが干してあった。今は衛生面などを考慮して機械乾燥も多くなっているが、やはりおてんとさまでカラリ干したチリメンジャコは味が違う、と自慢してたっけ。あの小さな旅も、梅雨の晴れ間のことだった。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2017年8月号に掲載したものです。