国内で食用として食べられているイソギンチャクは3種しかない。その中の一種とは?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
海のなかでゆらゆら揺れているイソギンチャクを植物と思っている人がいるかもしれないが、れっきとした動物で刺胞(しほう)動物というグループに属する。体は円筒形で上部の円盤の中央には口があり、まわりからは触手が出ている。これが海中でゆらゆらゆれる。触手に小動物が触れると、含まれる毒で小動物を麻痺させてから口に運んで餌にする。また敵が触手に触れると、触手を縮めて防御する。
福岡県柳川市では有明海でとれる「イシワケイソギンチャク」という種類を食用にする。鮮魚店の店先にも並んでいるし、居酒屋のメニューにもある。ときには旅館の食卓にも並ぶ。ここを旅する人がよく食指を動かす郷土食のひとつになっているのだ。
イシワケイソギンチャクは有明海沿岸の砂地に生息している。潮が引いたときに竹や木で作った道具で砂を掘り起こして獲る。高さが3~4cmで横幅があり、大きめの親指といったサイズだ。柳川市の人はこのイソギンチャクを「ワケノシンノス」と呼ぶ。「ワケ」とは若者のことで「シンノス」とは尻の穴のことだ。すなわち「若者の尻の穴」という意味。イシワケイソギンチャクの口をよく見れば、だれもが顔を赤らめながら頷くはずだ。なお地元では単に「ワケ」と呼ぶことが多い。省略して「シンノス」と呼ぶことはけっしてない。
柳川市では味噌煮や醤油煮、唐揚げ、味噌汁などで食べられている。味噌煮は一見、味噌で何かの内臓を煮込んだようで少々不気味だが、いったん口に運んでしまえばそのうまさに驚愕する。初めはぬるぬるとした感触で、次にはクラゲにも似たしこしこコリコリとした歯ごたえが感じられる。まったりとした味わいが味噌とあいまって舌に広がってくるのも悪くない。磯の風味が強いのも、そのうまさを際立たせる。ごはんのおかずよりも酒の肴に向いている。コツは煮すぎないで適度な歯触りを残すことにある。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏