「農家酒屋」を名乗る西千葉の酒販店「SakeBase」は昨年から、千葉市土気(とけ)地域の田んぼでの酒米・山田錦栽培を本格スタートしました。そのお米は、「風の森」「鷹長」銘柄で知られる奈良県御所(ごせ)市の油長(ゆうちょう)酒造に運ばれ、この春、オリジナルのお酒に。収穫からお酒になるまでの様子を、2回にわたってお伝えします。
千葉市緑区の土気(とけ)地域のSakeBaseの田んぼでは昨年9月20日過ぎに、自分たちで育てた無農薬無肥料栽培の酒米・山田錦を初収穫した。「自作の米をオリジナルの酒に」を目標に、2019年にまず無農薬で山田錦の種籾(たねもみ)を育成。その種籾を4月から育苗し、5月に田植えをしてから夏を越して約半年、大切に育ててきた米だ。
「試験栽培的だった前年は、『自分たちの米でお酒を造る』という姿が遠いところにある感じでしたが、今回は本栽培だったので、農作業へのテンションも俄然、高くなりました」と代表の宍戸涼太郎さん。実った米はすべて手刈りして、天日干しにした。
そもそも、SakeBaseはなぜ、自前米でのオリジナル酒造りを考えたのだろうか。「仕入れたお酒をただ売っているけだではなくて、自分たちで育てた米で造られたお酒をお客さんに薦めることができたら、僕たちの言葉や経験を通して、お客さんに日本酒をもっと身近に感じてもらえるのでは」との思いからだという。「米栽培から関わる酒蔵さんは増えていても、酒屋はいないですしね(笑)」(宍戸さん)。また、田んぼを守る活動を通して、里山の原風景を守る一助に自分たちもなりたいとの思いもあった。しかしその道程は耕作放棄地の開墾から始まることになり、苦労を重ねた話は前回お伝えした通りだ。
コンバインがないから収穫した米を刈るのも手刈りだし、乾燥機もないからブルーシートに広げて天日乾燥……という超原始的な手法である。等級検査を受けるためには、米の水分を15%以下にする必要があり、何日も天日乾燥重ねてやっと「水分15%」をクリアすることができた。
収穫した米は奈良県に運ばれ、精米されていよいよ油長酒造へ。SakeBaseの米だけではタンク1本分の仕込みには足りなかったので、麹米のみに使い、掛米には兵庫県産の山田錦を使うことになった。せっかく手塩にかけて育てた米だから、米のエネルギーをお酒としてよりストレートに伝えるべく、精米歩合は高めの80%。酵母はレギュラーの「風の森」と同じく、7号酵母で仕込むことになった。
今年1月14日朝、SakeBaseの宍戸さんも、油長酒造での仕込みに参加。製造責任者の中川悠奈(はるな)さんとともに麹室で麹を混ぜる仲仕事をし、出麹をほぐす作業も体験。「土気で育てたお米がこの麹になったかと思うと、感無量です」と宍戸さん。このあとの酒造りはすべて油長酒造の方々にゆだね、2月の搾りの日を待つばかりとなった。
そもそも、大切に育てた山田錦を託す相手として、油長酒造にお願いすることになったのはどうしてだろう。宍戸さんの答えはシンプルだ。「一番好きなお酒であり、一番造ってほしい酒蔵さんだったからです」。また、10年以上前から地元契約農家の方々と奈良県独自の米「秋津穂」を守ってきたことも知っており、「お米を大切にする酒蔵さんだな」という認識もあった。さらに、「低精白でおいしいお酒を造ることができ、貴重なお米を無駄にしない技術力の高い蔵」とも考えていた。
油長酒造といえば、無濾過無加水の原酒に特化し徹底した品質管理で安定したお酒の味を届けるフレッシュな「風の森」や、室町時代の酒蔵法・菩提もとに特化した「鷹長」銘柄で知られる、当代の大人気酒蔵。宍戸さんは2018年冬に初めて蔵を訪ねて以来、数カ月に一度訪れては、山本長兵衛社長と対話を重ねてきた。山本社長は歴史にも造詣が深く、話は醸造学から文化史、経営学にまでも及び、「毎回の個別授業は至福のときでした」と宍戸さんは振り返る。
2人の関係は深くなっても、人気商品である「風の森」はなかなかSakeBaseの店舗には卸してもらえず、扱えるようになったのは2019年12月から。これと前後してオリジナル酒の話も決まったのだが、最初にオリジナル酒の要望を聞いたとき、山本社長はどう思ったのだろうか。
「最初は、おいおい大丈夫か、と思いましたね(笑)。酒屋も立ち上げたばっかりでそっちも大変なのに、無農薬の米栽培、しかも開拓から始めるという……」。
前代未聞の申し出に、山本社長は驚いた。同社はこれまでPB商品もほとんど造ったことはなかったが、それでも引き受けた理由を問うと、「その話を聞いて、ウキウキ、ワクワクしたというところじゃないかなと思います。若いけど、捉え方は本質を突いている。お付き合いのある多数の酒屋さんの中でも、自分たちで無農薬米を育てて、その米を『風の森にしてください』というのは初めてでした」。
油長酒造の近辺でも、山間地の新規就農でどんなにがんばってもなかなか採算ベースに載せられないお米や農家の存在が身近にあった。千葉でも同様だろう。生産性が悪いからこそ耕作放棄された場所での耕作にチャレンジするという姿勢、昔の里山風景を復活させたいというSakeBaseの思いが、地元農家さんの姿とシンクロするところもあり、山本社長は応援しようと決めた。従来なら農家は農家、酒販店は酒販店、それぞれ分業で成り立ってきたが、これからはそれらがクロスオーバーしていく時代になるという認識もあった。
「でも、昨秋に採れたお米の量を聞いて、こりゃだいぶ苦戦したなと思いました。面積当たりの収量という意味ではまさに素人。来年はもっと収量を上げて、農家としてプロの仕事にしていかんと」とハッパをかける。また、「これは本当にまだ始まったばかりの事業で、持続性が肝やと思うんです。単発だったら誰にでもできる。そうじゃなくて、農業を千葉の地元に根ざして持続的にやる、油長酒造もそれを持続的に応援する。10年たったときに『やっててよかったよね』という形に持っていかないと、これはいけないことなんです」と山本社長。
1月に仕込まれたSakeBaseオリジナル酒は、約1カ月の時を経て、2月17日に搾りの日を迎えた。さて、お酒は順調に育ったのだろうか。次回は、搾りの様子をお伝えする。
写真:山本尚明 文:里見美香(dancyu編集部)