市場はガラパゴスな物たちで溢れている。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
妹が軽蔑しきった顔で言う。「まだガラケー。信じられなーい」。余計なお世話ってもんだ。このガラケー、買って10年近く、それなりにガタがきてるけど、私、ぜーんぜん、不自由してない。まったく、もう。一度、河岸のなか、歩いてみてよ、ガラケーだらけなんだから。スマホを持っている人もたくさんいる。だけど、朝のいっときは、なんたってガラケー。入荷の量やら値段やら、顧客や産地など特定の取引先と情報交換するには、こっちのほうが便利らしい。
ガラケーの「ガラ」は、ガラパゴス。ガラパゴス諸島に独自の進化をとげた生物が生息していることになぞらえて命名されたという。だとすれば、自転車だって、ガラパゴスがうようよ、なんだから。
先だっては、「山口自転車」を見つけた。かつて、河岸で「関根自転車」と人気を競い合った実用車だ。イギリスで紳士の乗り物として誕生した自転車は、明治になって日本に輸入されると、やがて運搬をになう乗り物として独自に開発された。それが実用車。「山口自転車」は、とっくに消えたメーカーだが、その自転車のサドルをささえるパイプに「YAMAGUCHI」の文字がくっきり残っていた。
見つけた場所は、場内の一角、「魚がし横丁」だ。寿司屋さんなど飲食店のほかに、海苔、お茶、乾物、妻野菜などの専門店がならんでいる。こうした店にとって、近場に品物を配達するのに、実用車は欠かせない。たいてい2台は常備。じょうぶだから、10年、20年という強者ぞろいだ。特徴的な大きな荷台は、さらに板きれをはりつけ、面積拡大をはかる、という独自の進化もまたうれしからずや、である。
ビジネス用語で、ガラパゴスの意味は、後ろ向きにとらえられているが、ここはガラパゴスの聖地、イグアナみたいにたくましく生きている、いや働いている。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2017年5月号に掲載したものです。