dancyu6月号「ニッポン美味紀行」で北海道・厚沢部町のアスパラ専門農家、ジェットファーム・長谷川博紀さん(37歳)を訪ねました。長谷川さんのアスパラガスは大地のパワーを感じる力強い味わいで、各地の料理人が惚れ込んで使っています。その魅力の源は長谷川さんの信念と覚悟にありました。
化学メーカーに勤めるサラリーマンだった長谷川さんは、12年前に「人口増により、将来食糧不足に陥る」という新聞記事を読んで、「それなら自分が農業をやる」と会社を辞め、アスパラ農家となった。最初からアスパラをつくろうと思っていたわけではない。地元函館の近郊で土地を探していたら、後継のいない老夫婦の農家が譲ってくれた。そこにアスパラが生えていたので、そのままアスパラ栽培を始めたのだ。
「俺がものすごいアスパラをつくってやる!」と意気込んだものの、最初の頃は思うようなものができず、まったく売れなかった。「妻と生まれたばかりの子供を抱えて、金がなくなり、冬に灯油代が払えず、妻の実家に避難したこともありました」
転機になったのは、体調を崩した長谷川さんがその原因が農薬散布であったと分かったこと。以来、農薬の使用を一切やめ、土地の力を生かした自然なつくりを行うようになった。タンポポなどの雑草を生やしたままにして自然の力で畑を蘇らせ、そうした雑草を刈って堆肥をつくる。風通しがよくなるように畝の間隔を広げ、そのため通常のアスパラ畑に比べ3分の1以下の収量となるが、生命力あふれる力強い味わいのアスパラガスが採れるようになった。
「この場所は山と川に囲まれた盆地で、養分に恵まれた土地なんです。それを人が手を加えることで自然でない状態にしてしまった。僕は地元にあるものを使って元の状態に戻す手伝いをしているだけです。理想は僕がなにもしないこと。とはいえ、アスパラだけが密集している状態は自然ではありません。だから、それをできるだけ自然な状態に近づけるようにする、それが“職人”の仕事だと思うんです」
長谷川さんは自らを“職人”と呼ぶ。そこにはただアスパラガスを栽培するだけでなく、「アスパラを通してこの土地の力と感動を伝えたい」という思いと覚悟が込められている。
そのため、長谷川さんは各地の飲食店を食べ回る。美味しいアスパラをつくるだけではなく、自分がつくったアスパラがどのように料理され、どのように食べられているかを実際に確認するのだ。
「たいして収入もないのに、年収の3分の1をレストランで使っていたこともありました。旨いアスパラをつくっているつもりでも、実際に店でどのような料理に使われるのか、どのような味わいになっているのか、どのようなものが求められているのかを知らないと、正解が見えないと思って」
食べ回っているうちに、知り合った料理人が長谷川さんのアスパラを使うようになり、その料理人が別の料理人に紹介し、という感じで次々に広まっていった。いまや長谷川さんのアスパラ、通称“ハセパラ”は料理人の間で大人気だ。
(詳細はdancyu6月号「ニッポン美味紀行」をご覧ください)
文:大石勝太 写真:本田 匡 動画制作:共同テレビ