農家酒屋「SakeBase」では、メンバー3人のうち2人がなんと一日7時間×週5日、千葉市土気地区で田んぼ仕事に精を出しています。長い間耕作放棄されていた土地を借り受けて2019年から開墾をはじめ、昨年はついに無農薬栽培で山田錦を収穫。この春、オリジナルのお酒になりました。連載第2回目は、田んぼの開墾の様子をお伝えしましょう。
SakeBaseの田んぼがあるのは、千葉市緑区小山(おやま)町。千葉市内といってもJR千葉駅から車で1時間ほどかかり、房総半島の付け根あたり、ちょうど外房(太平洋)と内房(東京湾)の中間当たりの場所だ。最寄り駅は外房線の土気駅で、田んぼのある小山谷津田地区までの間には広大な住宅地が広がる。
耕作放棄地を借りることになったのは、2018年の「SakeBase」開店からまもない日に訪れた一人の女性がきっかけだ。土気NGOで、田んぼの担当をしている食育インストラクターの仲村初枝さん。土気NGOは2006年から土気地域で、新たな空間やコミュニケーションづくりをテーマに活動をしている団体。耕作放棄された田んぼの再興も課題の一つで、2018年に取り組み始めたのはいいものの、マンパワーの不足に悩んでいた。そんなとき、仲村さんは西千葉にあるSakeBaseの店舗前をたまたま通りかかり、「日本酒を扱っている人たちだったら、田んぼにも興味をもってくれるのでは」と思いきって声をかける。これがSakeBaseの新たな一歩につながった。
もともと「日本酒は農業のひとつの形。自分たちで米を育ててみたい」と考えていたSakeBaseは、「お願いされて、すごく盛り上がっちゃいましたね(笑)」(代表・宍戸さん)。ほどなく現地を見に行き、SakeBaseの事業として、田んぼへの取り組みをスタートすることにした。店舗の開店は2018年12月なので、まだ軌道に乗ったともいえない時期。しかし迷いはなかった。
初年度の2019年はまず6畳ほどの田んぼで、酒米の王様と言われる山田錦を栽培することに。収穫した米を翌年の2020年に種籾(たねもみ)として使い、面積を広げて本格栽培し、できた米をどこか信頼できる蔵元でSakeBaseオリジナルの酒に仕込んでもらう、という計画を打ち立てた。
とはいえ、農業はまったくの未経験。なにより「耕作放棄地を田んぼに戻す」という工程に関わるノウハウは、周囲の農家の人たちに聞いても十分に理解できるには至らず、ひたすら試行を繰り返したり、ネットで調べたりして、開墾を一歩ずつ地道に進めることになる。
開墾の仕方としては、①刈払い機で雑草を刈る、②鍬(くわ)で土を掘り起こす、③水路を探し当てて整備し、水を貯める池もつくる、④土の下にびっしり張り巡らされている数十年分の雑草を鍬でバラバラにほぐす、⑤コンパクトな耕運機で耕す、というのが大まかな手順。
山がすぐ後ろにあるので、このあたりの土地はかなり水分を含んでいる。最初の頃は失敗も多く、耕していると水分がどんどん湧いてきて、足を取られて作業が進まないこともたびたび。耕そうとすると、トラクターがズブズブ沈んでしまう。「そうなるとユンボ(パワーショベル)を呼ぶしかないんですが、一回5万円かかるんです。何度かやってしまいましたが、沈ませてしまった日の帰り道はもう言葉少なくて、お葬式状態でした(笑)」。
経験を重ねるうちに「昔ここを田んぼとして使っていた方々の気持ち」をより深く意識するようになった。推理ゲームのように「このあたりに排水があったかな」などと、その土地が過去に利用されていた状態を想像して整備すると、うまくいくことも増えてきたのだという。昨年11月には、山から流れてくる水を貯める池が完成し、そこから田んぼに流す水路が整備できた。
今回は、酒屋としてはユニークすぎる活動である「開墾」の様子をお伝えしたが、こうして地道に開墾してきた田んぼ3枚で昨秋、無農薬栽培の山田錦を収穫した。次回はその収穫の様子をお伝えしよう。
写真:山本尚明 文:里見美香(dancyu編集部)