「農家酒屋」を名のる日本唯一の酒販店が、西千葉にあります。24歳の3人で営むこの酒屋は、日本酒を広く伝えるための真摯な思いを胸に、自由な発想でユニークな活動をしています。第1回はまず、「SakeBase」の概要をお伝えしましょう。
JR総武線の終点である千葉駅の一つ手前、西千葉駅の南口から北西に徒歩6分。夏は行列のできる甘味処、洒落たパン屋、自然食品店など個性的な店がちらほら並ぶ小路に「SakeBase」の店舗はある。
この店は2018年12月に、宍戸(ししど)涼太郎さん、土屋杏平(きょうへい)さん、石井叡(あきら)さんの3人が開いた酒屋で、20蔵約100アイテムの日本酒を取り扱い、酒を販売するだけでなく、夕方17時からは日本酒をショットで立ち飲みできる「角打ち」営業をしている。
スタッフ3人は、全員24歳。宍戸さんと土屋さんは小中学校の同級生で、大学生のとき一緒に参加した新潟での自動車免許合宿でおいしい日本酒に出会い、魅了され、一生の仕事とすることを決意した。蔵訪問を重ねるなどして日本酒の世界を知るうちに、この業界には圧倒的に「日本酒の魅力を伝える人」が不足していると感じて、酒を造る道ではなく、売る道を選択。本気で人生を賭けようと、2017年春、二人はそれぞれ通っていた大学を中退した。
オリジナルの酒イベントを開催したり、月刊「SakeBase通信」を発行したりと活動を進め、クラウドファンディングを経て、2018年に酒販店開店にこぎつける。開店直前には、宍戸さんと高校の同級生だった石井さんも、教師になるという夢から鞍替えし、日本酒の夢を共に追う仲間に加わり、3人体制となった。
酒選びのコンセプトは、「日本酒の入口でありたい」が原点。初めて日本酒を飲む若い人にも、しばらくご無沙汰していた上の世代の人にも、今のおいしく進化した日本酒をぜひ飲んで好きになってほしい。「完熟の青リンゴやバナナ、白桃を連想させるような、
夜な夜な賑わう立ち飲みは、使用期限のないコイン制。毎晩のように来て、1~2杯だけ飲んで帰るお客さんもいて、使い方は自由だ。「角打ちの常連さんの中には、うちが酒屋だってことを忘れていて、飲み屋だと思い込んでいる人もいますよ(笑)」と宍戸さん。
角打ちで出すのは、店で販売するお酒にとどまらない。宍戸さんは基本的に週一回の蔵訪問を続けており、気に入って仕入れた酒を店で出すことも多い。お客さんの立場からいえば、毎週新しいお酒に出会い、仕入れたての蔵の話を聞けるわけだ。
いろいろオリジナルな取り組みの光るSakeBaseだが、なかでも特異なのは、稲作への取り組みだ。千葉市土気(とけ)の耕作放棄地を開墾して、無農薬で山田錦を栽培し、オリジナルの酒にするという前代未聞の試みに2019年からチャレンジ。春から秋までは、3人のうち2人が毎日朝8時から午後4時まで田んぼで作業する……という徹底ぶりは、酒屋として前代未聞だろう。昨年10月に彼らが収穫した山田錦は、オリジナル酒「風の森 山田錦807 SakeBase ver.」の麹米となり、この3月に限定発売された。
dancyu編集部に所属し、日本酒を愛して追って四半世紀。こんなに若くてパワフルな、目の離せない酒屋さんに会ったことはなかった。新しい波の起きない世界に発展はない。SakeBaseの独自の取り組みを伝えることで、それが日本酒業界への意味ある投石となり、これを契機にヴィヴィッドな取り組みが全国各地で次々生まれ、日本酒の世界がますますバラエティ豊かに発展する……。そんな未来を期待して、このWeb連載をスタートしたい。これから順次、彼らのユニークすぎる取り組みを追っていく。
写真:山本尚明 文:里見美香(dancyu編集部)